炭疽菌対応ガイドライン

これはニューヨーク市が10月23日に改定したMedical Treatment and Response to Suspected ANTHRAX: Information for Health Care Providers during biologic emergencies の日本語訳である。具体的な連絡先の電話番号などは現場の臨床医など以外には不要なのでここでは割愛した。ガイドラインは現状の変化に応じて直ちに改定される恐れがあるため、最新の情報を入手したい方は http://www.ci.nyc.ny.us/html/doh/home.html まで。

岩田健太郎 :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー

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この書類の目的はニューヨーク市の医療従事者が炭疸症に関する診断治療の情報を提供することにある。

炭疸症が疑われた症例はすべて速やかにニューヨーク市保健局感染症科プログラムに通報すること。

I. 要約

疫学面

・炭疸菌は吸入、経口摂取あるいは皮膚への接種により感染しうる。

・炭疸菌の芽胞形は物理的化学的な方法に対して強い抵抗力をもつ。芽胞は環境下で何年も存在することができる。

・炭疸は人から人へは感染しない

症状(吸入炭疸)

・吸入炭疸症は急性出血性縦隔炎の症状を有する。

・症状は二相性で、第一期は非特異的な感冒様症状を呈し、その後急性呼吸困難と毒血症(敗血症)がおきる。

・潜伏期間は1−5日である(が、60日にまで及ぶ可能性がある)。

・健康だったものが発熱し、胸写レントゲン写真で縦隔の拡大が認められたら炭疸症を強く疑わなければならない。

・吸入炭疸症の死亡率は抗生剤投与下でも90%にもおよぶ。

診断

・グラム染色ではグラム陽性桿菌が見られ、単一菌あるいは短い連鎖状に認められ、しばしば両端が直角になっている。進行期には遠心をかけていない血液標本からも陽性所見が認められることがある。

・培養での特徴は、非溶血性、非運動性で莢膜をもつ。ガンマファージ溶解に感受性がある。

・診断検査用のキットはニューヨーク市保健局の検査室や他の国立機関にある。

・検体はバイオセーフティーレベル2の施設で扱わなければならない。

治療

・抗生剤を速やかに投与することが肝要である。

・抗生剤感受性試験は治療指針に重要である。

・シプロフロキサシンや呼吸器感染に用いられる他のキノロン系はペニシリン耐性の炭疸菌に対して、あるいは感受性試験の結果を待つまでのempiric therapy における第一選択薬である(代替薬としてはドキシサイクリンがある)。

・妊婦(あるいは妊娠している可能性のあるもの)や8歳以下の小児もまた、キノロンでの治療を受けることができる(代替薬はドキシサイクリン)。

・抗生物質は60日間続けられなくてはならない。

予防

速やかに抗生物質の予防投与を行うこと。この場合はシプロフロキサシン(あるいは呼吸器感染に用いられる他のキノロン系)かドキシサイクリンを用いる(もし菌がペニシリン感受性であれば、ペニシリンかアモキシシリンに変更することが可能である)。

・現在のところ、炭疸菌ワクチンの供給は限られており、一般には入手できない。もし入手可能ならば、暴露を受けたものに抗生剤の予防投与に加えてワクチンを三回接種してもよい(0日、14日、28日に)。もしこの二重治療法が用いられた場合、抗生剤は30日間与えられる。

隔離

・通常の患者同様でよい(スタンダードプレコーション)。どの形態の炭疸症患者も隔離質の使用は必要としない

II.緒言・疫学

炭疸症はBacillus anthracisによりおき、この菌は多くの温血動物(人間も含む)に感染することができる。感染は感染を受けた動物との接触か菌に汚染された動物が用いられた製品による。人間は皮膚への接種、吸入あるいは菌の経口摂取により感染をうける。多くの場合は皮膚感染で、まれに肺あるいは消化器系の感染が起きる。菌は抵抗性のある芽胞を作り、これは小さな飛沫として噴霧できる。生物兵器によるテロ行為の場合、飛沫による感染が最も可能性が高く、飛沫に暴露したものでは吸入炭疸症が発症する可能性が最も高い。しかし、2001年の吸入炭疸症の発生では同時に炭疸菌の芽胞の入った脅迫状との直接接触により、皮膚炭疸症の症例も見られている。

 

B. anthracis の芽胞は物理的化学的に高度に抵抗性がある。菌は感染動物を処理した施設で何年も生息し続けていたことが判明している。炭疸菌の主要な生息地は土壌である。

ヒト炭疸症は米国や他の先進国では珍しい疾患であったが、症例は(主に皮膚炭疸症であるが)アフリカ、アジア、ヨーロッパ、そしてアメリカ大陸で今でも見ることができる。炭疸により汚染された土壌は米国にも多く存在するが、過去50年間その症例は減る一方であった。1981−2000年までに6例(すべて皮膚炭疸)が報告されている。自然界からの皮膚炭疸症が2例2001年に報告された。この両者はともに動物から暴露を受けている。ニューヨーク市では2001年の意図的な皮膚炭疸症発症までの過去50年間一例も炭疸症の報告がなかった。

 

炭疸症の疑われる症例で、明らかな菌への暴露の病歴がない場合(例、有病率が高い地域への旅行、輸入動物皮革からの暴露)はバイトテロリストによる攻撃である最初の手がかりである可能性がある。従って、たとえ一例でも炭疸症の疑わしい場合は速やかに感染症プログラムまで連絡すること。

炭疸症のヒト〜ヒト感染はきわめて稀である。皮膚炭疸の開放創からの浸出物との直接接触による感染は可能であるが、これも可能性は低い。過去吸入炭疸症のヒト〜ヒト感染の報告はない。

III.バイオテロリストによる使用の場合の重要性

炭疸菌は過去50年間数カ国によって兵器として開発されてきた。

・炭疸菌の培養や芽胞の生産は容易である。しかし、兵器としての芽胞の製作は簡単ではない。

・炭疸菌の芽胞は熱や殺菌に強い。

・飛沫化された芽胞を吸入すると、重篤な出血性縦画炎がおきる可能性があり、その場合適切な治療下でも死亡率は90%にまでいたる。

・現在のところ、米国では炭疸菌ワクチンは十分な量がなく、一般には入手できない。

IV.臨床所見

バイオテロリズムの際、飛沫の散布による感染が最も発症率や死亡率が高く、その影響は大きくなる。暴露を受けたものの多くは発症すると吸入炭疸の症状を有し、まれに皮膚炭疸症のものもいるだろう。消化器炭疸症の可能性はさらに低く、これは飲食物が炭疸菌で汚染された場合にのみ可能である。

吸入炭疸症は、急性縦画炎を来し、B. anthracis の芽胞の入った飛沫の吸入によりおきる。吸入炭疸症は急性肺炎を起こさない。

 

潜伏期 暴露後通常1−5日で発病する(60日まで潜伏期が伸びる可能性もある)。

 

症状 典型的には2相性を示す。

 

第一期は、感冒様症状から始まり、

軽度な、非特異的な呼吸器症状

悪心、疲労感、筋肉痛

微熱

空咳

(時に)軽度の胸部不快感

ラ音を聴取することもあるが、通常身体所見は正常

2−5日後に急性期となる。第一期との間に1−2日の症状の軽快が見られることもある。特徴としては、

急性かつ重篤な呼吸困難

高熱あるいは低温を伴うショック

呼吸苦、チアノーゼ、喘鳴と著明な発汗

胸部、首の皮下浮腫

湿性捻髪性ラ音

レントゲン所見:過去健康だったものが発熱し、胸写レントゲン写真で縦隔の拡大が認められたら炭疸症が強く疑われる。胸水が認められる場合もある。実質性浸潤は通常認められない。

ショックへの進行は早く、時に出血性髄膜炎を伴うこともある。患者は急性期にはいると通常24時間以内に死亡にいたる。過去の発生例では死亡率は抗生剤を与えられていても90%ほどであった。

 

急性縦隔炎の鑑別疾患としては、食道穿孔、外傷、頭部、首部、胸部の感染の播種、心胸部の手術後感染がある。過去健康だったものが急性縦隔炎を呈した場合、炭疸症を強く疑うこと。

吸入炭疸症の診断はまず暴露の可能性のある疫学的地域性を考慮し、疑うことである。バイオテロのあった場合、第一期の患者では感染源が不明の場合が多い。臨床的に疑うことが最も重要なのである。

 

皮膚炭疸症は、急速に進行する潰瘍と黒色の痂皮(焼痂と呼ばれる)が特徴で、しばしば浮腫と紅斑を伴う。

 

潜伏期は、1−15日程度と幅があるが、通常7日以内である。

 

症状は、身体の皮膚をさらした部位(顔面、首、腕)に生じることが多く、程度に多様な差がある浮腫を伴いやすい。皮膚病変は次の経過をたどる。

掻痒感のある小丘疹−>複数の水疱が生じ、これが集まって単一の大きな水疱となる。−>1−2日後、水疱は破れて潰瘍を生ずる−>1−3cmの焼痂が中心に生じる(発症後3−10日後)−>焼痂ははがれ落ち(1−2週間後)あとには通常の痂皮が残る。この病変は一般に痛みを伴わず、周囲の組織には浮腫と紅斑がある。

皮膚病変は通常発熱、頭痛、筋肉痛、リンパ節炎/リンパ節腫大といった全身症状を伴う。顔面や頚部の病変は重篤な浮腫を生じ、そのため気管の狭窄が起きる可能性がある。「悪性浮腫」は重篤な浮腫、硬化、多発する水疱と全身の毒血症の存在を指して言う。細菌血症はまれである。治療しない場合皮膚炭疸症の死亡率は25%にまで至るが、有効な抗生剤を使用した場合は死亡は稀である(<1%)。

 

消化器炭疸症は未調理の食材、特に生や、十分に火の通っていない感染動物により起きる。米国では消化器炭疸症の報告はかつてない。

 

潜伏期は2−7日である。

 

症状には2種類あり、腸管口腔咽頭部位におきる。腸管炭疸症は初期には非特異的で、悪心、嘔吐、食欲不振や発熱である。進行すると強い腹痛、吐血や出血性下痢を生じ、時に腹水を生じる。急性腹症の所見を呈することもある。口腔咽頭病変は頚部の浮腫と壊死からなる。皮膚炭疸症に類似する病変が口腔内やその後壁、硬口蓋や扁桃に見られることがある。患者はしばしば発熱、嚥下障害、リンパ節腫大を訴える。毒血症、ショック、チアノーゼが腸管、口腔咽頭部の炭疸症の進行期に見られる共通の症状である。消化器炭疸症の死亡率は25−60%である。

 

髄膜炎は5%以下の症例に見られ、どの型の炭疸症(吸入、皮膚、消化器)でも見られる合併症である。通常出血性であり、稀に原発部位が不明な場合もある。

 

潜伏期:皮膚、吸入、消化器炭疸症の発症から続いて、あるいは一日から数日後に発症する。

 

症状は突然の髄膜炎症状で、悪心嘔吐、筋肉痛、悪寒、めまいである。検査所見で特徴的に出血性髄膜炎のパターンを示す。脳脊髄炎と皮質出血の報告もある。1−6日で死亡にいたる。

V. 検査室での診断

検査室での臨床検体の取り扱いはバイオセーフティーレベル2の環境で行われなくてはならない。もしBacillus anthracis の感染症が疑われれば、速やかに感染症プログラムに報告し、検体を確定診断のために照会検査室に提出すること。

・診断のゴールドスタンダードは培養による炭疸菌の検出である。

 

Bacillus anthracis は血液、胸水、髄液、腹水、水疱内液、病変からの浸出液から単離することができる。喀痰培養はほとんど陰性である。病変の培養では、水疱内液か、潰瘍からの浸出液を培養すること。もし顕在する浸出液がない場合、焼痂の端部をピンセットでつまみあげ、端に近い液体を採取すること。

血液培養は通常の培地で12−48時間以内に陽性になる場合もあるが、ほとんどの臨床細菌検査室でのB. anthracis の同定能力には限界がある。多くの自動同定システムではこの細菌は同定できない。

 

・顕微鏡的検査

 

・グラム染色

グラム染色は皮膚炭疸症を疑った場合の水疱液や潰瘍からの浸出液、吸入炭疸症を疑った場合の胸水、炭疸症による髄膜炎を疑った場合の髄液に対して行わなければならない。進行期には血液の非遠心標本でもグラム染色陽性になる可能性がある。グラム染色では菌はグラム陽性桿菌が単独か短鎖に見える。しばしば両端は直角状を呈している。

 

・直接蛍光抗体(DFA)検査

細胞壁や莢膜抗原への迅速診断染色技術である。皮膚病変の浸出液や髄液、組織に対して行われてきた。呼吸器系検体および胸水は発症早期には一般的に陰性になり、このときの診断が最も重要であるため、通常は吸入炭疸症の診断には有効ではない。検査は連邦政府、州や地域の照会検査室、例えばニューヨーク市保健局公衆衛生検査室で行うことができる。

 

・迅速診断試験

保護抗原に対するELISA法と核酸を検知するPCRは数時間以内に炭疸症の暫定診断をつけるのに有効である。現在のところ、検査は照会検査室でしか行われていない。

炭疸菌疑いのある場合の血液培養の扱い:細菌検査室で暫定的に炭疸菌と同定するためには次の操作を行わなければならない。:

・血液か栄養単離固定培地で一晩培養。

・グラム染色で比較的大きな、両端が直角形か、凹面様にへこんだグラム陽性桿菌の検出・血液固定培地では非溶血性で、表面が粗く、灰白色で粘性のある集落を形成し、コンマ状の突起があるのが特徴である。

・ガンマファージでの溶解とペニシリン感受性を検査するため血液固定培地に二次培養を行う。(注意:自然界で見られる炭疸菌はペニシリン感受性菌であるが、バイオテロリストによる事件の場合ペニシリン耐性菌が用いられる可能性がある)

・フェニルエチルアルコール血液培地では菌は増殖せず、ゼラチン加水分解は行われず、サリシン発酵性はない。

・菌の莢膜が0.7%二酸化炭素を用いたロウソク法で、栄養培地に認められることがある。メチレンブルーかインディアインク(あるいは墨汁)で莢膜の存在を調べる。

 

Bacillus anthracis とその他のBacillus種の区別:特徴として、Bacillus anthracisは非溶血性、非運動性であり莢膜を生じ、ガンマファージ溶解に感受性があることである。

 

要約:Bacillus anthracisはグラム陽性桿菌で灰白色の集落を形成し、非溶血性か弱溶血性。非運動性でガンマファージと(通常は)ペニシリンに感受性がある。そして特徴的な莢膜を形成する。

・血清学的検査は急性期の診断には有用ではない。

 

・剖検所見:胸部の出血性壊死性リンパ節炎と出血性壊死性縦隔炎が見られた場合、吸入炭疸症とほぼ診断しうる。出血性髄膜炎も炭疸症の診断への大きな手がかりとなる。

 

注意:バイオテロが起きた場合、炭疸菌株はペニシリン耐性菌である可能性もある。現在のところB. anthracis の感受性試験のNCCLS(National Committee for Laboratory Standards。訳注。米国では感受性試験はNCCLSにより標準化されている) による基準は存在しない。B. anthracis が疑われたり同定された場合は細菌検査室は速やかにニューヨーク市健康局バイオテロリズム検査室に連絡しなくてはならない。確定診断や感受性試験は連邦政府の検査室で行われる。感受性試験の結果は患者の治療や予防投与の指針に大変重要である。

 

VI. 検体の取り扱い

バイオセーフティーレベル2の検査室が炭疸菌が疑われる臨床検体の処理には推奨されている。検査室職員は検体を扱う場合、外科用手袋、保護用のガウンと靴カバーをつけることが勧められる。検査はバイオセーフティーレベル2のキャビネットで行われなくてはならず、血液培養は閉鎖システムを維持しなくてはならない。検体が飛び散ったり飛沫を生じたりしないよう十分注意を払うこと。もし検査がバイオセーフティーレベル2で行われない場合はゴーグルやマスクを着けること。HEPA(high efficiency particlulate air、)フィルター(高性能粒子フィルタ [)のある顔面マスクはマスクとゴーグルの代替用に用いられる。

菌に汚染されている可能性のある検体がもれ出た場合、殺菌剤で速やかに覆い(5%次亜塩素酸あるいはその他の洗剤)そのまま30分間置いておくこと。その後吸収性のある殺菌剤を浸した布巾などでふき取る。全てのバイオハザード物質はオートクレーブで滅菌すること。汚染を受けた医療器具は次亜塩素酸塩、過酸化水素水、イオジン、過酢酸塩、1%グルタルデハイド溶液、ホルムアルデハイド、エチレンオキサイドによる消毒か、銅放射線照射、あるいは10分間オートクレーブか煮沸を行う。

VII. 治療

治療効果はいかに迅速に抗生剤を開始するかにかかる。生物兵器の使用による危機下においては、感受性試験の結果(通常数日かかる)も出ていないため、ペニシリンやテトラサイクリン耐性菌のあることを想定しなくてはならず、シプロフロキサシンを400mg静注で12時間おきにエンピリックに投与する。FDAには認可されてはいないが、その他の呼吸器感染症に使われるキノロン系抗生剤(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)も効果的であると考えられる。ペニシリンはペニシリン感受性のある炭疸菌に対する第一選択薬である。

成人に対する治療(妊婦を除く)

吸入および消化器炭疸症

・ペニシリン耐性菌に対し、および初期治療としてシプロフロキサシン400mgを静注で8から12時間おき(その他のキノロンならオフロキサシン400mgを静注で12時間おきに、あるいはレボフロキサシンを500mg24時間おき)に投与する。テトラサイクリン感受性菌に対してはドキシサイクリンを200mg一回投与し、その後100mg静注で12時間おきに投与することも同様に効果的である。炭疸菌による髄膜炎が疑われる場合、バンコマイシン1gm静注で12時間おきに加えることも考慮すること。

ペニシリン感受性炭疸菌の場合ペニシリンGを静注で8万単位/kgを一回投与し、その後維持量として32万単位/kg/日投与する。平均的な成人の場合投与量は4万単位を4時間おき、あるいは2万単位を2時間おきに投与する。

・感受性試験の結果が出たらそれに応じて抗生剤を変更してもよい。臨床的に安定していれば経口抗生剤に変更してもよい。

・その他の治療も必要になる場合が多い(例、輸液、昇圧剤、酸素投与、人工呼吸器の使用)。頚部浮腫が気道を狭窄した場合、気管切開が必要になる場合もある。

・治療は60日間続けること。

 

皮膚炭疸症

・軽症例

ペニシリン感受性菌の場合、カリウムペニシリンVを経口で30mg/kg/日を4分割して6時間おきに投与、あるいはアモキシシリン500mgを経口で8時間おき。

 

ペニシリン耐性菌に対し、あるいは初期治療にはシプロフロキサシン500mgを経口で12時間おきに投与する。別のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)あるいは(もしテトラサイクリン感受性菌ならば)ドキシサイクリンを100mg経口で12時間おきに投与するのも理にかなった治療法である。治療は抗生剤感受性試験の結果に応じて調節すること。

 

・広域な病変に対して

ペニシリン感受性菌にはペニシリンGを静注で2−4百万単位を4−6時間おきに。

 

ペニシリン耐性菌、および初期治療にはシプロフロキサシンを400mg静注で12時間おきに投与する。その他のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)や(もしテトラサイクリン感受性菌ならば)ドキシサイクリン100mgを12時間おきに静注で与えるのも理にかなっている。感受性試験の結果を見て抗生剤を調節すること。浮腫や全身症状が改善したら、経口投与に変えてもよい。皮膚病変は効果的な抗生剤を使用しても進行することがあるが、全身症状や重篤な浮腫は防止できる。糖質ステロイドを治療初期3−4日使用すると、重篤な皮膚炭疸症(悪性浮腫)では、特に喉頭の浮腫の場合、死亡率を下げることができる可能性がある。飛沫暴露のない場合、治療は14日間継続される。

 

代替案

ペニシリンアレルギーがある場合、Bacillus anthracis がペニシリン耐性の場合、ペニシリンの経静脈的頻回投与が不可能な場合、ペニシリンの供給が十分でない場合、上記のエンピリック治療法が用いられる。

以下の抗生剤はin vitro での炭疸菌に対する効果が知られており、理想的な抗生剤が不足している場合、入手不能な場合の緊急時には使用が考慮される。

エリスロマイシン、アミノグリコシド、バンコマイシン、イミペネム、セファロシン・セファゾリン、クロラムフェニコール、クリンダマイシン、テトラサイクリン、広域ペニシリン

 

訳注:このガイドラインの発行後、今回のテロで使用された炭疸菌はセファロスポリナーゼを産生し、かつセフトリアキソン耐性菌であることが判明したため、上記のセフェム系抗生剤の使用は勧められない。

In vitro の検査によると、B. anthracis は一般的にサルファメソキサゾール、トリメトプリム、セフロキシム、セフォタキシム、セフトリアキソン、セフタジヂム、アズトレオナムに耐性である。これらの抗生剤は炭疸症の治療や予防に用いられるべきではない

 

妊婦および小児の治療について

ペニシリン耐性炭疸菌および初期治療について:シプロフロキサシンは一般には16歳以下の小児には関節の成長を阻害する副作用の可能性から投与されることはないが、炭疸菌感染症の高い死亡率を考慮すると、シプロフロキサシンを使用すべきであろう。シプロフロキサシンは20−30mg/kg/日を経口か静注で一日2回に分けて投与し、決して一日投与量が1gmを越えないよう注意する。その他のキノロン系(例、オフロキサシン、あるいはレボフロキサシン)も理にかなった代替薬である。

ペニシリン感受性の炭疸菌に対しては、ペニシリンGが小児への第一選択薬である。重篤な皮膚炭疸症、吸入炭疸症、および消化器炭疸症の推奨される投与量は25万単位/kg/日を4時間おきである。軽症例や経静脈的投与のできない状況では、経口投与を用いることも可能である。

・もしキノロン系の抗生剤が枯渇してしまった場合、患者がペニシリンやキノロン系にアレルギーのある場合、あるいは炭疸菌がペニシリン耐性を持つ場合、ドキシサイクリンが推奨される抗生剤である(5mg/kg/日を静注か経口で12時間おきに分割)。ドキシサイクリンには歯の脱色作用があり、一般に8歳以下の小児には使用されないが、炭疸菌の危険性と高い致死率を考慮すると、抗生剤が与える利益のほうがはるかに大きい。

 

・ペニシリン感受性炭疸菌の場合、ペニシリンGは妊婦への第一選択薬である。投与量は成人の項を参照のこと。シプロフロキサシンは妊娠中には通常用いられないが、ペニシリン耐性菌には第一選択薬である。これはテトラサイクリン系は妊婦に稀に致死的な肝障害を来すことがあるからである。もしキノロンのストックが枯渇したり、ペニシリンやシプロフロキサシンに重篤なアレルギーのある場合、ドキシサイクリンの使用の際に肝機能検査を行うこと。

 

ワクチン摂取と治療期間

炭疸菌ワクチンは現在量が少なく、一般には入手できない。抗生剤は吸入炭疸症に60日間投与すること。

VIII. 患者の隔離

炭疸症患者、およびその疑いのある者は、一般患者と同様に(standard precaution)ケアを行う。加えて、次の事項が勧められる。

・皮膚炭疸症の場合、皮膚病辺のある患者には接触感染予防策(contact precaution)をとること。

・吸入炭疸症の患者は一般的に肺炎を来さず、従って二次感染を起こしうる芽胞を十分に含む飛沫(8千から1万芽胞)を生じないので、マスクは必要ない。

 

・患者や汚染の可能性のある物質に接触のあった場合、次の患者をケアする前には手をよく洗うこと。

・患者には隔離室は必要ない。

IX. 感染を起こしうる廃棄物の処理

その他の医療廃棄物の処理に準ずる。

X. 剖検と遺体の取り扱い

全ての剖検は通常の感染予防プロトコル(standard precaution)下で行うこと

・剖検を行う、あるいは補助する者は規定の防護服を着用すること。

・剖検用器具はオートクレーブにかけるか、10%の漂白剤溶液などで滅菌すること。剖検時に汚染された場所はイオジンや5%次亜塩素酸などで消毒すること。

XI. 菌に暴露を受けたものの管理−予防法

Bacillus anthracisの芽胞が意図的にばら撒かれた場合、調査員は犯行現場や犯行時間を突き止めようとするだろう。最もリスクの高いグループを同定することができるからである。その場合、公衆衛生の専門家は最もリスクの高いものに治療行為を集中させることが可能だろう。

吸入炭疸症はヒトからヒトへは感染しないので、暴露を受けたものの家族や他の接触を持つものは予防を受ける必要がない。例外としてはその者自身も炭疸菌芽胞の飛沫にさらされた可能性がある場合である。

 

吸入暴露:動物実験によると、暴露後速やかに抗生物質による治療を受けた場合、吸入炭疸症による死亡率を著明に下げることができることが判っている。現在のところ、抗生剤とワクチン両者の投与がもっと望ましい。しかし、全国的にワクチンの数が不足しているため、ワクチンは一般には入手不可能である。抗生剤の予防投与は菌の感受性試験の結果によって調節される。

 

・暴露を受けた可能性のある成人への予防投与

ペニシリン耐性株の場合や初期予防投与の場合、シプロフロキサシン500mgを経口で12時間おきに投与することが勧められる。その他のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)やドキシサイクリンも理にかなった代替薬である。

 

ペニシリン感受性株の場合、カリウムペニシリンV(30mg/kg/日を一日4回に分けて投与)かアモキシシリン(500mを経口で8時間おき)が勧められる。

予防的抗生剤は感受性試験の結果に応じて調節すること。

・暴露を受けた可能性のある小児への予防投与

ペニシリン耐性株の場合や感受性試験の結果待ちの場合、シプロフロキサシン(20−30mg/kg/日を12時間おきに分けて投与)を投与する。その他のキノロン(例、オフロキサシンやレボフロキサシン)も理にかなった代替薬である。ドキシサイクリン(5mg/kg/日を12時間おきに分けて投与)も歯の脱色の可能性をかんがみても炭疸菌感染のリスクのほうが高いため、必要とあらば使用してもよい。

 

ペニシリン感受性株の場合、全ての小児はペニシリン系抗生剤(体重が20kg以上ある小児にはアモキシシリンを500mg経口で8時間おきに。体重が20kg以下の場合はアモキシシリンを40mg/kg/日を8時間おきに分けて投与)を用いる。

・暴露を受けた可能性のある妊婦への予防投与

予防投与は他の成人と変わりない。しかし、テトラサイクリン投与後に肝機能障害が起きる可能性があるので、ドキシサイクリンの使用は他のオプションが使用できない場合のみ投与すること。

 

・抗生剤の予防投与期間:抗生剤の予防投与は60日間行う。もしワクチンが入手可能な場合、抗生剤は30日間か、ワクチンが3回接種されるまでの期間(0,14,28日)投与される。

 

・切創、剥離、針刺しによる暴露の場合:すぐに感染部位を洗浄し、次亜塩素酸溶液等の殺菌剤を用いる。「皮膚炭疸症」の治療の項目に準じて速やかに抗生剤の投与を受け、治療を14日間継続すること。ワクチン接種の必要はない。

経口摂取による暴露の場合:切創などの項目に準ず。

炭疸菌の暴露を受けたものは全員、少なくとも7日間は感冒様症状の発生の有無に留意すること。このような症状が生じ次第速やかに患者は医師の診察を受け、必要とあらば経静脈的抗生剤の投与を受けること。

 

・炭疸菌ワクチン:水酸化アルミニウムを吸収した無細胞不活化ワクチンで、軍や実験室職員用に開発された。ワクチンの皮膚炭疸症に対する効果はヒトで確認されている。吸入炭疸症や消化器炭疸症での効果は動物実験のデータしかない。

 

予防的には、ワクチンは非経口的に投与され(0.5mLを経皮的に)、3回2週間おきに投与する(0日、14日、28日)。現在のところ、米国でのワクチンの供給量は限られており、軍人あるいは職業上暴露を受けやすいものにその配布は限られている(注意。動物実験のデータによると、2週間あけて2回投与したワクチンでも十分であるとされる。ワクチンの供給量が少ない場合はこの方法も実際的であるかもしれない)。

ワクチンによる副作用は稀である。6%程度が局所的な反応を示し、2−3%程度に全身症状が見られる。

炭疸菌ワクチンの妊婦への安全性は不明である。妊婦はワクチン接種の利益が妊婦や胎児のリスクの可能性を上回る場合にのみ投与されるべきである。

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