| ■ PRANJ同時多発テロレポート4 NY・ワシントンDCより (2001年10月16日JMM掲載)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼INDEX▼ ■ PRANJレポート NY・ワシントンDCより ■ 岩田健太郎 :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー ■ 池原麻里子 :C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表 ■ 村上博美 :ESI 経済戦略研究所 研究員 ■ 渡部恒雄 :CSIS 戦略国際問題研究所 主任研究員
フロリダに炭疸菌による呼吸器感染症患者が出、まもなく死亡しました。更にもう2人の患者が鼻腔に炭疸菌を有していたことが判明。12日の時点で炭疸菌は上記の3人(1人目が仕事をしていたビルのキーボードからのみ検出)とNYの1人が発見され,現在FBIとCDC,米国疾病管理予防センターの捜査が進行中.菌に暴露されたとみなされる人は全て検査を受け、検査が陰性になるまで暴露後予防薬としてシプロという抗生剤をのんでいます。炭疸菌は潜伏期間が短く、暴露後1−5日で発症します。もしフロリダの炭疸菌が大量殺戮を目的としたテロ行為であったのならば今ごろ大量の患者が出ているはず。むろん、人為的に炭疸菌を件(くだん)のビルに仕掛けた可能性は十分あり、これは犯罪性を匂わせるものの、その小規模な被害者の数はテロリズムを疑わせない。辞書によるとterrorさえ起こせば立派なテロ行為ということになりますが。したがって、この炭疸菌はいわゆるテロとは直接関係がないのではないか、と現在のところ、私は見ています。FBIも同様の見解を出しています。 バイオテロリズムには、米国疾病管理センター(CDC)が危険性の高い順にカテゴリーを決めて、それぞれの疾患をリストアップしています。そのカテゴリーA、すなわち最もテロに使われやすいと考えられるのが炭疸、天然痘、野兎病、ベスト、ボツリヌス毒素、出血性熱です。この中で最も注目を集めているのが炭疸菌です。 炭疸の治療にはいくつかの抗生剤が有効で、いずれも容易に米国、または日本で手に入れることができます。たとえば、連邦筋によるとニューヨーク市には市民全員が60日間、すなわち暴露後予防に飲まなければいけない期間、のシプロが備蓄してあります。ただし、肺の炭疸症は診断が難しい。咳が出た、熱が出た、というので安易に抗生剤をのむのは控えたいものです。抗生剤は基本的にばい菌の細胞を殺す作用をもち、人間の細胞にも有害でありうる、いわば劇薬です。むやみに抗生剤をのむと、副作用のために逆に健康を害することも十分考えられます。心配があったら医師に相談し、必要があれば病院で検査をしてもらうのが望ましいと思います。市販のガスマスクは効果がまだ確認されていないものも多く、一般的にはお勧めできません。また、炭疸は最初に散布されたときに吸い込まなければ、人から人へは感染しません。散布時は誰もが症状を持っていない。肉眼的にも見えず、匂いもない。テロリズムの発生が判明したときにマスクをあわてて着けても遅いのです。外出するときにガスマスクを常に装着するのでない限り、マスクには予防効果はありません。 マンハッタン島のミッドタウンと呼ばれる地域に背丈の高いロックフェラーセンタービルがあります。ここにはNBCという大手のテレビ局が入っていますが、12日,ここの女性職員が皮膚の炭疸感染症を発症していることが判明しました。 12日の金曜日,たまたま会合で私はマンハッタンを離れてブロンクスに来ていました。会議に来るはずの高名な感染症科医はなぜか姿を見せず、夕方になって市長の車で直接やってきたのです。金曜日の夕刻その感染症医から直接聞いたお話をお伝えします. 東部時間の10月12日朝、ジュリアーニ市長からニューヨーク市に住む一人の感染症科医に直接電話がかかってきました。ニューヨーク市に炭疸菌感染症患者が発生した、対策案を聞きたい、というのです。彼自身は炭疸菌の感染症を診たことはありませんが、何十年もの臨床でこのような問題を数多く経験してきました。迎えの車に乗って、この高名な感染症科医は市長の下へ。事情を知らされることになります。 この女性は感染症発症を溯ること2週間、ある脅迫状を受け取っていました。手紙とともに中には白い粉末状の物体が入っていました。彼女はそれを報告することも医療従事者に見せることもせず、ほうっておいたのです。数日たって皮膚に腫れ物ができ、日に日に症状は悪化してきました。マンハッタンのある医師に見せても診断はつきません。彼女は二人目の医師を訪れました。彼はすぐ炭疸菌を疑い、病変を検査し、治療薬を処方しました。10月1日のことです。 培養検査の結果これが炭疸菌だと判明します。市の当局に結果が知らされ、市長やマスメディアの知るところとなったのは10月12日の金曜日でした。 さて、件(くだん)の感染症科医は市長にこう進言します。皮膚の炭疸菌は人にうつることはない。テロリストは呼吸器による感染を狙うのでテロである可能性も低い。市民は外に出てもいいし、予防的に抗生剤もとる必要はない。慌てることはない、と彼は市長に言ったのです。 ジュリアーニは彼の言葉に従い記者会見で安心するよう市民を納得させます。市内の病院では救急室に検査と治療薬を求めて多くの市民が殺到しました。インターネット上では医師の処方箋が必要な抗生剤、シプロが市場よりもはるかに高い値段で売買されていましたが、この500ドル以上もするビンが飛ぶように売れています。が、これらの人はあくまで少数派。マンハッタンの街にはいつものように金曜の夜を楽しむ人たちであふれかえっていました。フロリダ同様大きなパニックは起きなかったのです(この辺は日本のメディアには流されなかったようですが)。 炭疸菌は土壌に存在する菌で、土壌の草を動物が食み、その動物と接触があるために人間にも感染します。自然界での炭疸菌は、そのような感染経路を持つのですが、実際には感染例は極めて稀で、20世紀全部でも米国では20例も報告がありません。70年代以後は3例しかなかったのです。フロリダのあの事件が起きるまでは。 炭疸菌は一種類です。が、感染経路により3種類の病態を示します。自然界で最も多いのが皮膚を介する皮膚感染症。次に多いのが呼吸器を冒す呼吸器感染症です。その他に消化器感染症があり、それぞれの感染部位により病態や予後が全く違う。人から人に感染する事はありません。 炭疸菌は嫌気性菌と呼ばれるばい菌の一種で、その名の通り空気を嫌います。嫌気性菌の多くは空気にさらされると死んでしまいますが、炭疸菌は賢く、殻を作ってしまいます。従って空気にさらされた状態では炭疸菌は増殖することもなくじっと殻の中にいるわけです。これが人間の皮膚に入ったり呼吸器に入ると、殻を破って増殖しだし、症状を引き起こすわけです。その間およそ1から7日。 FBIによると例の女性に送られてきた脅迫状、その封筒そして「白い粉」からは炭疸菌は培養できませんでした。国連などその他の施設にも同様の封筒が送られてきたようですが、現在炭疸菌は検出されていません。感染経路は未だになぞのままです。これはフロリダの事件についても同様です。 単独の人間に炭疸菌の入った封筒を送っても、その人が感染する可能性は高くありません。まして、菌を吸い込んで呼吸器感染を起こすことは稀です。この女性のように、皮膚の感染症は予後は比較的よく、治療効果も高いのです。人から人に移らないので、基本的には封筒を開いた人にしか感染しません。前の項でも触れましたが、どうも大量殺戮を起こすテロリストの行為とは思えません。 思えはしませんが、ロックフェラービルというのは炭疸菌感染症のおきる舞台としては最も考えにくい場所でもあります。土もなければ羊が鳴いているわけでもない。今回の事件に人為的な要素が絡んでいるのはほぼ間違いありません。さて、ではこれはテロとは関係ない、便乗を狙った愉快犯でしょうか(こっちにはちっとも愉快ではありませんが)。それとも他の人間が絡んでいるのでしょうか。FBIは週末までにビンラディンの新たなテロ活動がある、という情報を木曜午後に流しました。情報源も、詳しいテロの内容も不明なまま。実際には何も起きませんでしたし、この炭疸菌はたまたま金曜に発表があっただけで、実際に発症していたのは更に前の話です。どうもなぞが多い。ややこしいことになってきました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 9月11日にジェット機が世界貿易センターに突っ込むあの衝撃的な映像を放送して以降のこの一ヵ月あまりの米メディアの報道ぶりをまとめてみたい。 まず各局とも最初の一週間位CMなしでニュース報道を続けた。11日まで連日、報道されていたコンディット下院議員と行方不明のインターンに関するスキャンダル報道は一切、姿を消し、事件当日は下院議員会館や国防省も攻撃されたらしいという誤報も報道され、多少の混乱があったが、全体的には信頼できる責任ある報道をしてきたと評価されている。最初の数日間は現場で遺族をインタビューする記者がもらい泣きする姿も見られた。 ケーブルやインターネットの誕生でこの何年間、視聴者が減る傾向にあったABC, NBC,CBS、フォックスという地上波「ビッグ4」はテロ事件後、一時は日々8千万人あまりが視聴するようになった。湾岸戦争で一躍有名になったCNNも最近はフォックスに視聴者を奪われていたのが、再び視聴率が増えた。 最初の数日間は"America Under Attack"というタイトルの報道だったのが、その後ABCは"America Fights Back"、NBCは"America on Alert"、 CBSは "America Rising"、 CNNは"America's New War"というタイトルで報道するようになり、アメリカが立ち直り反撃する姿勢を反映するようになった。各局ともコンピューター・グラフィックスの米国旗が常時、スクリーンに流れていた。 公共政策専門局C-SPANではブッシュ大統領やホワイトハウス、国務省、国防省の記者会見、議会の大統領武力行使承認決議の議論や委員会での空港の警備強化やテロ資金源断絶、生物・化学兵器に対する準備体制に関する公聴会、様々なシンクタンクによるテロ攻撃の経済的影響やビン・ラディンに関するシンポジウムなどを報道した。また外国のTVのニュース番組も放映した。 各局とも様々な専門家が登場した。軍事関係ではABCでは湾岸戦争で司令官だったノーマン・シュワルツコフ、NBCではバリー・マカフリー元将軍、CBSではクリントン政権で国防長官を勤めたウィリアム・コーエン、CNNではコソボでNATO司令官だったウェスリー・クラークなどが軍事戦略についてコメントしている。元軍人達はB-1とB-52や、スティンガーとトマホーク・ミサイルの違いを説明したりする。またテロ専門家、元外交官や学者を含めた中東専門家、ジョン・マッケイン上院議員やボブ・ケリー元上院議員といったベトナム参戦経験のある議員、ジェームズ・ベーカー元国務長官やヘンリー・キッシンジャー元国務長官といった外交問題専門家も常時、出演している。 当初の新聞のオピニオン欄のコラムニスト達の間では「反撃すべきだ」という強硬意見が目立った。反撃した場合にどうなるのか、アフガニスタンという特殊な国を攻撃することの難しさ、イスラム諸国との関係、アメリカの中東政策などを熟慮したニュアンスのある意見はあまり見られなかったように思う。 ABCのアンカーであるピーター・ジェニングスがブッシュ大統領がテロ事件直後にワシントンに直接戻らなかったことを批判したという誤報がラジオ・トークショーなどで取り上げられ、1万以上の電話やEメールによる抗議が同局に殺到するという事件があった。彼がカナダ人であることからアメリカ批判をしたととらえた人もいたようだ。またビル・マーというコメディアンのアメリカが前回アフガニスタンに対して遠方からミサイル攻撃したのは卑怯だという発言をフライシャー・ホワイトハウス報道官が発言に注意すべきだと批判するというエピソードもあった。これらは全米が大変にナショナリスティックになっており、多少マスヒステリア気味になっている傾向を反映していると言える。 さて、アフガニスタン攻撃開始のタイミングについては国防省はこれまでにない厳しい情報管理ぶりで、却てイギリス政府や北部同盟から情報が流れていた。しかしながら10月5日、主要メディアは国防省が記者40名あまりを北アラビア海に配備されている空母カール・ヴィンソンに招待したことからまもなく攻撃が開始されると判断。しかし、どのメディアも事前に攻撃時期が迫っていることは報道せず、国防省と国家安保を尊重したメディアとの協調ぶりが発揮された。攻撃開始後はラムズフェルド国防長官が連日、前日の攻撃内容と成果を報道しており、そのトランスクリプトも国防省HPの登録者宛てにすぐにEメールされている。12日にカブール空港の軍事ヘリコプターを爆撃するはずが、標的を誤って1マイル離れた住宅街を爆撃して、民間人の死傷者が発生したかも知れないことも翌日、発表された。 今回の戦争は21世紀型の戦争としていかに自分達の主張を伝えて支持を得るかが重要になっており、「テロ撲滅の戦い」であると主張するアメリカ対「イスラムに対する挑戦」であると主張するビン・ラディンのメディア上の戦争にもなっている。ビン・ラディンや彼の報道官はカタールのCNNと言われているアル・ジャジーラを通じてビデオ・メッセージを発信しており、大変にプロパガンダに長けている。この為、ホワイトハウスは10日、ビン・ラディン側のビデオには全世界の支持者にアメリカに対する攻撃を呼びかけるメッセージが隠されているかも知れないという理由で各TV局にビデオ放映の自粛を求めた。これは過去に例がない異例の措置である。ホワイトハウスは特に全世界で放映しているCNNのことを懸念したが、同局はアルカイダからのビデオは生放送せずに事前にチェックするという対応をした。 米大統領が記者会見すると敵がメディアで反撃してくるというのはベトナム戦争時代には考えられなかったことで、湾岸戦争以後の傾向である。ビン・ラディン攻撃を現在94%の米国民が支持しているが、今後、ソマリアの時のように米兵の死傷者が生生しくTVで放映され、一転して支持が減るということもあり得るので、ブッシュ政権は今後もメディア戦略に細心の注意を払って行くことになる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 読者からの意見の多数は過去のアメリカ外交や軍事攻撃に対する批判でした.しかしながら,日本政府としてはアメリカへの支持を出しながら個人レベルでアメリカ批判をするという現象はアメリカ人へ複雑なメッセージを送っています.世界を見渡して日本に友人と呼べる国はアメリカのみという現状において,唯一の友人を失うような世論の高まりは危険ではないでしょうか. アメリカの中東への関心は,石油の安定確保でありイスラエルであるでしょう.ここでイスラエル問題について日本にとって政治的経済的な直接の関係は薄い上,日本にできることも限られているので省きますが,石油の安定確保という点においてはアメリカと日本は共通の死活的な利益を持っており,現にアメリカ軍のプレゼンスによって日本は非常に『低いコスト』で石油の安定確保ができています.中東の石油に53%依存しているアメリカは,秩序安定のため(例えばイラクのクエート(再)侵攻を防ぐため)に軍隊を駐屯させ監視してきました.事実,アラブ諸国だけではイラクの侵攻を防げず,侵攻後も英米主導の多国籍軍の助けがなければクエートは解放されなかったことを考慮すると,秩序安定に対するアメリカの役割は大きいといえます. 先日もラジオで,カリフォルニアの女性リスナーが「これだけアメリカが標的になるのが中東への軍隊駐留によるものであるなら,私達の中東への石油依存を低くして、軍隊を撤退させるのはどうか」と専門家に質問していました.回答者は「短期的には無理だが、長期的には検討することは可能だ。」といっていました.つまり,今回のテロを機にアメリカが長期的な戦略として安全保障のコストと石油コストを天秤にかけて中東への石油依存を低くすることも可能なのです. 日本が湾岸戦争の時にとった金銭的支援という方法も,日本の死活的利益を守るための『コスト』を分担したといえます.しかし金銭的支援は必要ではありますが,お金だけではクエート侵攻を解決することは不十分でした.仮にアメリカが石油の中東依存を今後ぐっと低くしサウジアラビアから軍隊を撤収した場合,困るのは日本ではないでしょうか.アメリカのプレゼンスの低下を日本が穴埋めする場合,それに必要な情報収集力も経験も日本には不十分です.それらを今のアメリカのレベルまで引き上げるには膨大な『コスト』と時間がかかります.アメリカが中東に死活的な利益を持ちつづけてその活動をサポートする方が現在の日本にとって『コスト』としては安いのであり,アメリカを批判する前に絶えずその事を考慮する必要があります.ビンラーデン氏とテロリストの要求がサウジに駐留する米軍の撤退であるならば,駐留軍撤退を前提とした湾岸における秩序の安定のために新しいフレームワークをまず考える必要があり,その建設的な議論こそされるべきではないでしょうか. 日本ではエネルギーの80%を輸入しており,その大部分は中東からの石油に依存し,中東からの石油をタンカーで運ぶSLOC(海上通商航路)の安全でさえ,東南アジアに展開している米軍のプレゼンスに頼っている状態です.戦後日本が高度経済成長できたのは,もちろん日本人の勤労努力もありますが,何よりも日本がその経済成長に不可欠であった貿易に必要な安全保障上の環境とアメリカが提唱したGATTのような自由貿易のフレームワークが存在したためで,『貿易コスト』が低く押さえられたためです.また,日本がアメリカ以上に持っていていいはずの中東に関する死活的な国益についてどう日本が取り組んでいくかあまり議論が見られません.アメリカ人の女性が質問したように,中東から石油を積んだタンカーが無事に日本に到着し,それが日々の生活の安定や経済活動を保つためにどういうコストが必要なのか日本の個人個人が考えることが重要ではないでしょうか. ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ これまでのJMMでの私の寄稿にいただいた御意見や日本での議論を見ると、今回の日本のテロ対策に関して、理屈の上では、自衛隊の軍事的貢献への役割の必要性を認識してはいても、最終的には憲法9条の理念や民主主義的な価値から、自衛隊の軍事的な役割に対し、どのように歯止めをかけるかということについて、多くの方が不安を抱いているのではないでしょうか。その意味で、現在国会で行われているテロ対策関連法案の審議で議論されている重要なことの一つが、自衛隊の活動に対する国会によるチェック機能だと思います。この点について、今回はコメントしたいと思います。 政府の政策が、国民の意志や利益から乖離して暴走してしまうことを防ぐために、民主主義国家は行政、司法、立法の三権を分立させ、チェックアンドバランス(抑制と均衡)という機能により、例えば国会は政府の行うことに関して、有権者からのチェック機能を有しています。チェックというのは、政府の政策に対する抑制的な役割ですが、それが政府のすることをすべて邪魔することでもありません。そこにはあくまでも、国民の利益のためという目的合理性がなくてはなりません。この政府へのチェック機能と政策目的達成の二つの合理性の両方を追求する意思があるかどうかで、国会の論戦でも、責任のある議論とそうでないものとを峻別できるはずです。 それでは、軍事・安全保障関係の法案審議において、どのような点に留意して国会審議を理解すればいいのでしょうか?まず基本理念の理解のために、アメリカ建国時における歴史的な例を紹介して、基本事項を確認しましょう。 アメリカの建国の父達が、建国の際に、民主的手続きと国家運営を巡り、徹底的に論争した意見交換が、フェデラリストペーパーズと呼ばれ、現在でも民主主義の国家運営の一つのモデルとなっており、多くの重要な議論がそこで成されています。 アメリカの建国の父たちは、民主的理念とその実現のために、慎重なチェックアンドバランスといわれる独裁を防ぐ国家体制を構築し発展させてきました。圧倒的な暴力装置である軍隊に関しても、慎重な検討が加えられました。建国の父たちの大きなジレンマは、合衆国の独立を外敵から守るためには強い連邦政府と軍隊が必要であるが、強すぎる連邦政府とその軍隊は州政府と市民の自由を脅かす存在になりかねないということでした。そこでの論争のポイントは、アメリカには初代大統領ワシントンの意見、「大規模な常備軍は、アメリカ的自由を脅かすおそれがある」ため連邦政府と軍隊(連邦政府の常備軍)の力をある程度制限すべきだというものと、連邦派(フェデラリスト)アレキサンダー・ハミルトンに代表されるように、外敵から自国の独立を守らなければ、「熱烈な自由への希求も結局は(他国の)独裁に屈することになる」のだから、「安全を考慮すれば、究極的には自由をある程度犠牲にするリスクをおかす意志を持つ」という意見の対立でした。そのような過程で、自国の独立と安全のためには、自由に対して危険性のある軍隊という暴力装置を国家に認めるが、その運用には細心の注意を払い、国民の自由を損なわないようにするという目的のもと、民主国家の軍隊を位置付けてきたわけです。(詳しくは読売新聞社刊の「安全保障のビッグバン」という論文集に掲載されている拙稿「シビルミリタリー関係の向上で空気支配を防げ」を見てもらえればと思います。) 今回のテロ対策法案での自衛隊の役割についての議論でも、大事なところは、上述の二つの目標の追求です。第一の目的は、適正な軍事行動、あるいは軍事支援行動により、自国民の安全を外敵から守ることです。それと同時に、自衛隊の派遣自体が肥大化して軍事行動自体が目的化してしまい、その結果、国民の利益に反する行動を取ってしまわないように歯止めをかけることです。 その意味で、今回、野党第一党の民主党が、基本計画の事前承認にこだわるのは、後者の目的意識からなのは明らかです。ですが、このような国会の歯止めにこだわりすぎると、今度は現実の軍事支援行動に支障をきたす恐れがでてきます。ご存知のとおり、国会の審議というものは時間がかかりますし、それに、最近のアメリカ軍の動きを見れば、理解していただけると思いますが、戦時の状況はめまぐるしく変化し、それに最大速度で対応をしないと作戦の成功はおぼつかないわけです。 ですから、政府が自衛隊の派遣について国会の事前承認を義務づけられれば、効果的な軍事支援行動のタイミングを失するおそれがあり、これは、第一の目的にかなわないものとなります。特に軍事行動の場合は、そのタイミングを失することにより、多くの人命を含む多大な損害を引き起こす可能性があるのです。ですから、政府・与党側としては、できるだけこのような制限をつけたくないわけです。 ただし今回の立法に関しては、さらに大きな歯止めの手段として、時限立法化が検討されています。現在のところ、政府・与党案では今回の法案は2年を限度とし、国会の承認により延長を可能にする、逆にいえば、国会が反対すれば自動的に効力が消えるというものです。私自身は、今回はこのような強い歯止めをつけているので、むしろ、迅速で効果的な対応に足枷を二重にかけることになる国会の事前承認は、政策として適切でないと思います。もし、そのような足枷のために、かなりの犠牲が出た場合、次回のケースでは、国会の事後承認ということすら、保守派や政府側から強い反対がでてくることが予想され、長期的な国会のチェック機能の担保にとってもマイナスです。 ですから、国会の承認に関しては、日本の既存の周辺事態法やアメリカの戦争権限法(詳しくは世界週報1999年10月12日号に掲載された拙稿「戦争権限法とユーゴ空爆」PRANJホームページの論文集に掲載中、 http://pranj.orgを参照)に習い、活動内容に関して原則として国会の承認がいるが、緊急の必要がある場合には、国会の承認なしに対応し、事後速やかに国会の承認を得るという形が、現実的な対応だと思います。事前承認にこだわりすぎると、国会のチェック機能を逸脱して、政府の適正な機能を損なうことになります。 国会承認以外で、現在、議論になっているのは、自衛隊の武器使用要件と武器・弾薬の輸送・補給の取り扱いです。自衛隊の武器使用要件を厳しくし、武器弾薬の輸送の取り扱いを否定する根拠は、内閣法制局の憲法解釈です。武力行使と一体化する活動は、憲法9条違反であるという解釈と、過剰な防衛は自衛権を逸脱する、あるいは憲法解釈上行使できないとされている集団的自衛権の行使に繋がるというものです。しかし、「一体化」議論と集団的自衛権行使が違憲であるというこれらの議論は、合理的な政策議論から生まれてきたものではありません。 私は、国家による軍事力(防衛力)の民主的な運用を担保するために、憲法9条を過度に抑制的に解釈して、軍事力の暴走に歯止めをかけることは、冷戦下の特殊な状況においては、それなりに機能してきたかもしれませんが、今後長期的には、マイナスの影響が大きくなっていくと考えています。むしろ、現実的な政策合理性から、野党が積極的に安保議論に参加する中で、国会のチェック機能を高め、軍事力の肥大に歯止めをかけていくというやり方が、民主的でかつ効果的な防衛政策に寄与していくことになると考えています。その意味で、今回の議論の中で、過去の憲法解釈上の問題だけにこだわり、武器弾薬の輸送をしないという条件をつけたり、自衛隊の武器使用の要件に制限をつけることは、軍事合理性の点で非現実であるだけでなく、国会のチェック機能の確保のためにも、禍根を残すことになりかねません。 何故ならば、もし、法律論のみを根拠とする非現実的な条件の下で、日本の自衛隊が大変非効率な軍事支援をして、その結果、作戦に悪影響をあたえたり、犠牲者をだしたりすれば、その前例を踏まえて、将来はむしろ国会の関与を不合理なものとされて、国会の役割自体を政府が軽視してゆく恐れがあるからです。 本来ならば、このような非現実な議論を防ぐためにも、小泉内閣は今回のテロの直後に、NATO(北大西洋条約機構)がそうしたように、日本はこの件に関しては集団的自衛権の行使をすると宣言すればそれでよかったと思いますが、残念ながらあの時点で、小泉首相自身にそこまでの理解と決意はなかったのでしょう。 国連憲章51条により、国際法では広く認められている集団的自衛権が、日本は行使できないという内閣法制局の憲法解釈に関しては、日本の国内政治的な経緯を振り返る必要があります。そもそも日本が集団的自衛権を行使できないという理屈は、冷戦下の国会における「議論のための議論」から、生まれたものです。そして忘れてはいけない重要な事実は、政府というものは司法機関ではないので、法解釈の前例に不必要にとらわれる必要がないということです。ここではその経緯を詳しく述べるスペースがないので、参考文献として、PHP新書刊の佐瀬昌盛著「集団的自衛権」(126―133頁)を挙げておきます。そこでは、「70年安保」と呼ばれた1970年における日米安保条約の延長を、社会党などの反対から乗り切るための妥協策として、政府が「憲法上、集団的自衛権は不行使」という見解を固めていった経緯が示唆されています。つまり、これは純粋な法律解釈上の問題ではなく、もうすでに消失してしまった冷戦という状況下での国会対策上から発生した政治的な問題なのです。 それでも、今回のテロ対策に関する国会の論議では、野党の一部は法律論にこだわり過ぎず、現実的な対応を模索しています。これは、日本の国会史上、素晴らしい進歩だと思います。常に確固とした目的合理性を持っていないと、議論というのは、時として非建設的な方向に流れていくものです。その意味では、このJMMでの議論でも同じですね。読者の方々からのご質問や批判のうち、政策としてどのような対応をするかという共通の目的を前提としないものにお答えしていくと、結局、政策という目標からずれていってしまい、目的合理性が失われてしまいがちです。この点、私自身も、気をつけるようにしています。もちろん、様々なご意見は、私自身の寄稿の上で大変参考になっており感謝しております.現実的に日本の政策をどのように決定していくのかという視点を見失わない議論がより多く成されれば、日本の政策も民主主義も深まり、軍国化を防ぐことにも繋がっていくと信じています。
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