■ PRANJ同時多発テロレポート5 NY・ワシントンDCより (2001年10月23日JMM掲載)
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■ PRANJレポート NY・ワシントンDCより

 ■ 岩田健太郎  :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー

 ■ 加瀬みき   :AEI アメリカン・エンタープライズ政策研究所 客員研究員

 ■ 渡部恒雄   :CSIS 戦略国際問題研究所  主任研究員

 ■ 西澤真理子  :ドイツ シュツットガルト市在住 研究員

 ■ 植田健一   :国際通貨基金(IMF)エコノミスト


  ■ 岩田健太郎:ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー

「続・炭疸菌対応」

病院で仕事をした20日(土曜日)の午後、郵便局に行ってきました。郵便物を扱う人達の間で炭疽菌感染の不安が高まっているためです.ベス・ラウチャー氏は、ベスイスラエルメディカルセンターの感染症コントロール部の部長で、私の上司でもあります。ジュリアーニ市長氏名のバイオテロリズム対策タスクフォースのメンバーでもあります。彼女は市の郵便局に頼まれてボランティアで郵便局員にバイオテロリズムの講義をするよう頼まれたのでした。私は質疑応答のための手伝いです。

200人くらいの聴衆がいたでしょうか。ベスは手短に自分たちが感染症科の医師でこれまでエイズや西ナイルウイルスなど、ニューヨークが直面した感染症の問題に対応してきたこと、病院では高度耐性の黄色ブドウ球菌や腸球菌、アシネトバクターなど炭疽菌にも増して対応が困難な感染症に日々対処していることなどを手短に説明しました。みな他人事ではないので大変熱心に聞いています。すでにニュージャージー州では二人の郵便局員に皮膚炭疽症が発症していました。

病気の説明についてはすでに新聞テレビで盛んに報道されているので省略し、みなの質問を受けることになりました。いやあ、でるわでるわ、何十もの質問が殺到します。

「潜伏期間は何日か」「薬は何日飲むのか」「私が郵便局で感染したら家族はどうなるのか」「掃除機で吸い取ったら排気口から噴霧されて大災害になるのではないか」

などなどなど。時間終了になっても皆の不安は治まらず、私たちは今度は一対一で応対し、最後には「この皮膚のできものを見てくれ」とまるで外来診察同様の状態になりました。郵便局で何百万何千万という郵便物を扱う人たちの恐怖感がこちらにひしひしと伝わってきました。

なぜ彼らが私たちを講演に招いたのか。これは彼らの政府に対する根強い不信感からだそうです。政府が「心配するな」「心配するな」といってもどこまで政府が正確な情報を与えているのか判らない。おまけに政府や疾病管理予防センターの発表と、メディア報道のギャップがあります。CNNなどはやれ20人が暴露を受けた、30人が暴露を受けた、と連日大げさに発表しています。日本のある新聞は暴露を受けたものと感染者を混同して報道していました。炭疽菌が1個や2個、いや100個、人体に付着したからといって、致死的な感染症を起こすわけではありません。我々の眼から見ると、暴露を受けた者の数の報道はパニックを煽るだけであまり意味のない数字だといえます。

重症の吸入による感染症を起こしたのはフロリダの2人だけ、ニューヨークで発症したのは治療を受ければ治る可能性の高い皮膚の感染症で、発症者はこれを書いている時点で6人。死亡者が全部で1人。これが皆が知る必要のある人数です。ほかの災害やテロ活動と比べても、被害者の数は比較的少ないというのが正確なところでしょう。

メディアはあの宇宙服のような重装備をした調査員を見せて、いかにも恐ろしいばい菌であるかの印象を植え付けますが、本当はあんな装備をする必要はなく、あれは当局の規則だからやっているだけなのです。私は炭疽疑いの患者さんもワイシャツネクタイでマスクもせずに診ています。あんなものを見せられては、政府がいかに安心しろ、といっても無駄でしょう。聴衆の一人は明らかに不安神経症の兆候を示していて、私たちは精神科医に見てもらうようアドバイスしなくてはなりませんでした。

私たちと市民との会話はまだまだ続きそうです。

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■ 加瀬みき:AEI アメリカン・エンタープライズ政策研究所 客員研究員

「フランスのテロ・キャンペーン対応とその事情」

一連の対テロリストキャンペーン、その中でも英米のアフガニスタン攻撃に対する各国の反応はそれぞれの国の政治、宗教、民族性などを複雑に繁栄している。日本ではとかくアメリカ、中国、パキスタンおよびイスラム諸国の動向を追い、西側先進国は活発な動きを見せるイギリスを除き、温度差はあるものの皆「自由、民主主義アメリカの味方」と漠然と捉えがちである。が、例えば同じG7各国でもそれぞれお国の事情があり、世界情勢が大きく動く中、国益、今後のアメリカとの関係、世界舞台における立場などを考慮しその動きを判断している。イギリス、ドイツと共にヨーロッパのリーダーであるフランスの今回の事件に対する対応は、国内事情を如実に反映すると同時に過去50年の米仏関係と照らし合わせると注目に値する。

冷戦終結後のワシントンではあからさまにフランスに対する陰口が横行していた。フランス人を蛙と呼ぶ古いイヤミからはじまり、パーティーでもしばしばフランス人の悪口が格好の冗談としてうけていた。これは冷戦中に積み上げられた双方の不信感がソ連という蓋がはずれた途端に遠慮なく表面化したものである。常にアメリカの側に立ち、アメリカを支援するイギリスというイメージと対照的にフランスはなんでもアメリカに反対する、それによって注目を浴びるという強い印象が出来上がっている。

アメリカのフランスに対する不快感・不信感の根拠となる出来事は数多い。冷戦中を見てもアメリカが強く支援していたイギリスのEEC(当時)加盟を10年に渡り阻止。1966年にはNATOの軍事組織から脱退。外交組織には残留したもののNATOの軍事計画、特に核戦略に大きな支障をきたした。「新大西洋宣言」を妨げ、オイルショック後の西側石油政策に反対したばかりか中東諸国と独自の契約を試みた。アメリカが推進した対ソ経済制裁の隙間をぬってフランス企業が東側との商売を計った。一方フランスの深い対米不信もさまざまな出来事や政策の違いから生まれている。アメリカが英仏の軍事行動を妨げた1956年のスエズ動乱、キューバ、ベルリン危機に対するアメリカの対応、ベトナム戦争、米ソ核削減交渉、対中東政策、さらには核兵器機密に関するアメリカの対英と対仏政策の差別化、ソ連のアフガニスタン侵攻時の対ソ政策など数多くの例がある。

冷戦終結後もフランスは湾岸戦争に参加したものの戦闘の中心には加わらず、「敵の顔もみなかった」とイヤミを言われ、コソボ戦争では攻撃目標に何度も反対している。イラクとは長年に渡るビジネス関係があり親イラク派の有力者も多く、英米の対イラク制裁にもことあるごとに反対の姿勢を取って来ている。クリントン政権時代にフランスがNATOの軍事組織に復帰する動きを見せたものの交渉は冷たく打ち切られている。軍同士の関係は改善されてきているものの、圧倒的な権力を持つケイ(フランスの外務省)の嫌米感情は根深いものがあると言われる。フランス謳歌、フランスの偉大さを主張するゴーリズム(ド・ゴール大統領の対外政策にちなむ)の「敵」はアメリカであるが、今でもこの伝統は一部で根強く生きている。

そのフランスのシラク大統領が事件直後から過去の米仏関係からは考えられない程強力且つ全面的なアメリカ支援発言をし、英米でも話題になっている。英国のブレア首相より一日早く大西洋を渡り、自らブッシュ大統領に哀悼の意と協力を申し出ている。NATOの軍事組織には未だに完全に復帰していないものの第5条発動にももちろん加わり、集団的自衛権の行使を約束している。フランス戦艦がインド洋で補給、後方支援に加わり、さらには英国と並び特殊部隊の派遣も申し出ている。つまり何かとアメリカに反対したり足を引っ張ってきたフランスが、全面的にアメリカとともに立ち上がる姿勢を必要最低限の域を超えて示しているわけである。これはフランスの国内事情とともに同盟国としていだく危機感を反映しているものと思われる。

しばしば反米感情を露わにするフランス人も今回はアメリカへの深い同情とともにテロが西側全体の危機であるという認識を示し、さらにフランスも共にテロと戦うべきであるという姿勢が強い。この国内感情を反映し、シラク大統領の対応は来年の大統領選挙を前にしての人気取り政策と皮肉な味方をする人々がいる反面、同大統領は真からアメリカに同情しテロに怒っていると分析するフランス人も多い。フランスの憲法上、計算高いジョスパン首相でなく情緒豊かなシラク大統領が、外交政策の責任者であることが今回のフランスの対外印象に影響を与えているのも間違いない。

そもそもフランス人にとってアラブ系テロは身近なものである。親アラブ政策を取ってきた上、長年アルジェリアを植民地としていたフランスにはアルジェリアからは多くの移民が入ってきておりフランス社会に溶け込んでいる。その中に国内テロに参加した、あるいは今回のテロに関係した人々が紛れ込んでいる。1994年のハイジャックに始まりフランス国内のテロはアルジェリア系の人々がおこしている。そしてウサマ・ビン・ラーディンの周辺にもアルジェリア系の人々が多い。アメリカでのテロ事件後デュバイで逮捕されたアルジェリア・フランス二重国籍のベガルは在フランスのアメリカ大使館を爆破する計画を立てていたことを告白している。また同じく今回アルジェリア系フランス人が英国でテロ計画の容疑者として逮捕されている。アメリカでのテロの実行メンバーの一人もフランス生まれフランス育ち、母親が「自分の息子であったとは信じられない」と嘆いている。フランス人がテロを他人事とは思えない事情である。

しかしフランス政府の当初の反応ばかりでなくその後の積極的な支援申し出の裏にはこう言った国内事情だけでなくフランスの国際的立場への懸念もある。湾岸戦争、コソボ戦争と違い、今回は同盟国が自動的に軍事行動に参加することが求められなかった。NATOがその歴史上初めて第5条を発動したにもかかわらず、アメリカがNATOとしての参戦を求めなかった裏にはコソボ戦線での経験があると思われる。「War by Committee 」 といわれたようにNATOメンバー全ての賛同なしには動けないという組織行動の限界が意思決定や行動の機敏性、柔軟性を奪い、さらには機密保持にも問題が生じた。今回は同盟国であれば自動的にアメリカとともに戦うというステータスを得られるのではなく、あくまでも各国の自主性と実力次第という厳しい現状が生まれた。その中でイギリスのブレア首相のリーダーシップはアメリカから多大な評価を受け各国の注目を浴びている。

フランスは伝統的にはイギリス同様世界の問題に係わることを政策としそれを誇りにしてきた国である。反米発言や行動を常としたド・ゴールですら、対ソの緊張が最大限に高まったキューバ危機やU2追撃事件では無条件の全面支援を申し出て、 アメリカからもいざという時は頼りになるフランスという評価を得ている。NATO撤退の理由の一つには世界戦略の違いが挙げられる。しかし今や同盟国としてのリーダーの座は完全にイギリスに奪われ、フランスは軍事支援を申し出たにも係わらず、インド洋での補給活動や後方支援という実戦には加わらない第二次的な役割しか果たしていない。この地味な役割にフランス議会ではアフガニスタン爆撃前から政府への非難の声が挙がっている。ここにはアメリカがコソボ戦争時、攻撃目標にいちいち文句をつけたフランスを避けているという面があると同時に、遠隔地に派遣できる戦艦、特に空母そして戦闘機をフランスが十分にそろえられないという厳しい現実面もある。特殊部隊もいざという時にアメリカの支持に従わない恐れがあるという懸念からやはり英米だけでの行
動になるのではと関係者の間では言われている。国民の75%近くが英米の軍事行動にフランス軍が参加することを支持する中、過去の実績と「実力のなさ」故に同盟国としての先頭に立てないという辛い立場にある。

今回のテロ事件では同盟国の対米関係も大きく試されている。同盟国故に自動的に参加する義務が生じない代わりに参加させてもらえないこともある。必ずしも軍事的貢献でなくとも外交、諜報活動などでも貢献できる実績と実力を持たない国は、世界戦略の構図から徐々に外される恐れがある。日本はフランスの焦りを他人事と思っていいのだろうか。


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■ 渡部恒雄:CSIS 戦略国際問題研究所  主任研究員

「続・国会のテロ対策関連法案」

16日にテロ対策特別措置法案は野党の修正なしに、与党三党の賛成多数で可決しました。野党修正案は否決され、前回の私がコメントした形、つまり自衛隊派遣は、国会の事前承認ではなく事後承認となり、弾薬の輸送に関しても、外国での陸上輸送を除外して海上輸送に限定する以外は、除外せず行うことになり、武器使用の要件も原案通りになりました。

政策上はこの結果で良かったと思いますが、今回の修正協議をめぐり、小泉政権は党首会談の決裂などで民主党を敵に回す形となり、今後の小泉政権の政局運営を考えると、若干の危惧と不安を残すことになりました。というのも、日本が今回の対テロ対策にとりくむべき課題は、自衛隊による米軍の活動の後方支援で終わるわけではないからです。日本国内の経済対策、治安維持対策などさらに多岐にわたる課題が残されており、今後も小泉政権にとっては、さらなる立法措置が必要となり、その際には民主党の協力が必要になると思われます。ですから、連立相手を優先する必要は理解できますが、しかし今回のように民主党側に大きな不満を残すやり方をすることは、政治的にあまり上手なやり方ではなかったと思います。

例えば、日本の国内での不良債権処理などを伴なう経済構造改革は、テロで大きなダメージを受けた世界経済を支えるためにも、ブッシュ大統領が日本の記者団に向けてあえてメッセージの中に入れるぐらい重要なものです。これは、民主党が最も強力な潜在的な賛同者でしょう。また、アメリカで炭疽菌によるテロが発生している現在、日本国内のバイオ・テロへの治安維持対策にとっても、民主党の協力が重要です。

バイオテロリズムの脅威は、いざという際の危機管理体制が不備であればその分だけ、被害が広がり取り返しのつかないものとなります。今年6月に、私の勤務するCSISが他の民間団体と共同で、天然痘菌のバイオテロがアメリカで起こった際の政府の対応について、シミュレーションを行いました。(詳しくはCSISホームページのDARK WINTER: Bio-terrorism Exercise を参照。(http://www.csis.org)それに即してみてわかったことは、病気の感染を押え込み、被害を最小限に食い止めるためには、周到な法的な準備とワクチンの備蓄などの実質的な対処が必要になります。そして、感染の拡大を防ぐために、人々の移動を制限したり、停止した物流を補うための食料支援や、不足分のワクチンを求める暴動を鎮圧するなどの、軍隊による強制力の使用の準備も必要となる可能性があります。日本の抱える問題点は、他の国と違って有事法制が準備されておらず、いざとなったときに、今回のように、国会で泥縄式に法案を通過させるか、超法規的な措置しかとれないことです。

今回のテロ対策法案はアメリカへの後方支援の法案ですから、悠長に国会審議をしている暇がありましたが、もし日本国内でバイオテロが発生し、感染が広がっていくパニックの中で、新しい法律を審議している余裕はないはずです。繰り返しますが、発動の遅れは致命的に被害を大きくします。戒厳令(マーシャルロー)や国会安全保障法が整備されているアメリカですら、様々なシミュレーションをみると、現在、その対応の速度と効果に関して大きな危惧が抱かれています。(日本のテロへの対応について、優れた考察が、 中央公論11月号に掲載されています。 マイケル・グリーン「生物・化学・大量破壊兵器テロにどう対処するか・アメリカが同盟国日本に望むこと」で、監訳はPRANJメンバーの古川勝久氏)

この件に関する日本の政治家の問題意識をみると不安を抱かざるを得ません。 9月27日の国会でのテロ非難決議において野党の自由党、社民党、共産党は賛成しませんでした。特に社民党と共産党は国内の治安維持強化という内容に懸念を持ち、賛成しなかったようです。日本の戦前の治安維持法の濫用による暗黒の時代の再来を危惧しているのでしょうが、もし準備がなければ、結局のところは、政府は超法規的措置を取らなければならず、むしろ民主的な国家運営にも傷をつけることになります。民主党はそこをある程度理解して、独自の非常事態法案の準備もしています。その意味でも、小泉政権にとっては、民主党は、貴重な現実的センスを持つ、潜在的協力者であると思われます。今回のテロ対策法案をめぐる与野党の駆け引きでは、民主党もその未熟な政局観を露呈しましたが、小泉政権にとっても、今後を考えると上手なやり方ではなかったということを指摘しておきたいと思います。


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■ 西澤真理子:ドイツ シュツットガルト市在住 研究員

『外国人』アレルギーが再発したドイツ

アメリカのテロに対するドイツでの反応を見てみますと、実行犯と思われる人物数名がハンブルクで活動していたことなどから、テロによる社会的な波紋が広がっています。

「お前たちがすべて悪い。」外国人労働者が居住しているハンブルク、ケルン、ベルリンなどの北ドイツの都市では、9月11日以来、ムスリムとドイツ人の間の摩擦が広がっていると新聞は伝えています。ドイツには約3百万の外国人ムスリムが居住していますが、事件後、女性の信者がかぶるスカーフが通りすがりにひっぱられるケースが多発、アラブ系のレストランへのドイツ人の客がぱったり足を止めてしまったなど、日常のレベルにもテロの余波がおよんでいるようです。

ドイツはもともと外国人(結果的には、主にトルコ人外国人労働者を意味するのですが)への反感が強い国で、これらの一連の反応は「外国人アレルギー」の急性反応と見られます。ただ、新聞やテレビでも「イスラムとは」、という、教育的な特集が組まれ、いつものアレルギー反応とは少し異なる感じです。今回の事件で様々な方面で、ドイツ社会と外国人労働者(居住者)の関係が様変わりしそうな気配がしています。

ドイツの外国人労働者の事情を少し説明しますと、人口の約1割を占める外国人のなかで、三分の一がムスリム教徒のトルコ人という事実は、教育をはじめ、様々な方面で議論を呼び起こしてきました(あまり知られていませんが、実に、EUのトルコ人の8割がドイツ居住です)。少子化が深刻になりつつあるここドイツで、多産の伝統があるトルコ人労働者の数は、過去10年間で、160万から200万人に増大しており、ドイツ人を一段と神経質にさせている理由です。

単なる国籍やイスラム信者ということだけが、トルコ人労働者とドイツ人との摩擦の原因ではないのです。「彼らがイスタンブール出身だったらね...」、と、ドイツ人がつぶやきます。トルコ人のドイツへの移民は、アナトリア地方の極貧層、農村出身で読み書きもままならない社会層から起こりました。

経済が急成長し、労働不足になった1960年から70年代の間に、ドイツ政府は、短期間の労働力の補充として、期限限定の労働ビザを発行し、イタリア、ギリシア、スペイン、そしてトルコからの労働者を呼び寄せました。このトルコ人層は、その中でも他の外国人労働者がやりたがらない炭鉱労働、ビル掃除、トイレ掃除、ごみ収集をかってでた。

南ヨーロッパの経済が息を返すと、イタリア人など多くの労働者が自国に帰っていきましたが、トルコでの政治的経済的混乱から、トルコ人の労働者の多くが自国へ帰らずドイツへ定住する道を選びました。無論、ドイツ政府はトルコ人を強制送還することができたのですが、ドイツ人が嫌う仕事をする労働力が必要であるという判断から、トルコ人の滞在延長を許可した。トルコ人は、いずれは自国へ帰ることを夢に見て、トルコ国籍を捨てず、ドイツ都市部の「ゲットー」で暮し始めるのです。

しかし、ドイツ語が不十分で、その上トルコでの衣食住をもちこんだものですから、生活習慣があまりにも違いすぎる、ドイツ社会と融合しようとしない、と、ドイツ人が眉をひそめる原因となった。ドイツ在住のトルコ人のイスラム急進主義支持は強力で、トルコ人の「西側」のドイツ社会への融合を阻んでいる一因ともされています。

失業率が高い北ドイツや旧東ドイツ地域では、「ドイツ人の仕事をとられた」と、ことに彼らへの反感は強いようです(実情は、 現在でもドイツ人のやらないような3Kの仕事をしているのがこれらのトルコ人労働者ですが)。

とはいえ、現在のトルコ人の若者はドイツで生まれた第三世代で、ドイツの教育を受け、ドイツ人社会と親の世代よりはるかに接触があるし、ドイツ人側でも、学校などでも多文化教育が推進され、トルコの文化を理解する企画などもかなり増えてきているようです。

今回のテロの反応に関して見てみても、冒頭にも書きましたように、メディアで、イスラムを知る、という、まじめな特集がなされていたり、本屋でイスラムに関する本が売れていたり、以前のイスラムへのドイツ人の「徹底的無関心」という態度とは違っているように見受けられます。

このようにドイツ社会のアレルギー反応は、依然続くものの、徐々に様々な方向に落ち着こうとしているようにも見えます。しかしながら、政策レベルでの事件の波紋は外国人政策など、依然大きく続いています。外国人テロ対策として、もともと厳しい外国人滞在ビザの、特に「特定の国」からの出身者で、大きな事件を「起こしそうな」人物への発行が、そして、それらの人物のドイツへの難民の認定が厳しくなりそうです。

ドイツでの「特定の国」出身者へのビザの発給が現状でどれだけ厳しいか、例を挙げましょう。わたしはイギリスに住んでいた頃に、友人数名と、ドイツの知人を訪ねる機会がありました。その中にたまたまエジプト人がいましたが、3日間の滞在のための彼の観光滞在ビザを取るのが大変だった。まず、知人が地元の役所に行って、身元引き受けの証明書の発行受け、そして本人がロンドンのドイツ大使館でビザ発給を受けるという、煩雑な手続きを経ました。後でドイツの知人に聞いたところでは、出身国からしてテロリストに関係があるのではないかと、役所が滞在許可を出すのを渋り、入国目的など、根掘り葉掘り聞かれ、うんざりだったそうです。

少子化により確実に起こる将来の労働力不足と経済の失速を回避するためにシュローダー政権が進めている新移民策定の議論も9月11以降、止まってしまいました。

「われわれの国は暴力的なイスラム主義者を匿い、テロの温床となってしまったではないか。新移民法により、暴力的な外国人がドイツ人になり、その活動の拠点となることを絶対に避けなければならない。」

もともと新移民法の成立に反対している野党出身の閣僚は、新法に、疑わしい人物の移民申請を却下することなどの項目を盛りこむよう要求しています。いずれにせよ、テロの波紋が続くなかでの移民法の可決は国民の支持を得られないと、閣僚会議での法案の可決は期限なしで延期されました。

わたしの住む、 小さな郊外の街のショッピングモールにも、 「テロに対し連帯しよう」、 という貼り紙があるのを目にします。「Solidalitat(連帯)」というドイツ語を見ると、なんだか居心地の悪い感じを覚えるのは、わたしだけではないでしょう。「外国人」へのアレルギー反応がもう少し小康状態に落ち着いたとき、『移民国』ドイツがこれからすすむ方向性が見えるのでは、と思います。


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■ 植田健一:国際通貨基金(IMF)エコノミスト

「テロの直接的な経済への影響」

経済環境の突然の変化のマクロ経済に与える影響は、GDP、消費、株価といったいろいろな形で現れます。しかしながら、本当に注目しなければならないものはある経済に住む人々の効用(幸福度)の総和としての社会厚生です。

ある人のある年の効用は、その年の財とサービスの消費の関数と考えられます。そして、ある人の生涯効用は、毎年の効用をある一定の率で割り引いて足し上げることで求まります。ある地域の社会厚生はそこに住む人々の生涯効用を足し上げて求まります。

テロリストの攻撃の後、我々の住む社会は以前に思っていたよりもはるかに危険であるという認識が高まったと考えられます。この認識は大きくわけて二つの直接的な影響を生涯効用の計算に及ぼします。一つは、自身がテロ攻撃を受ける可能性があるという意味で、我々の期待生存率の減少(明日生きている確率の低下)であり、もう一つは、我々の生涯予算の減少です。具体的には、テロによって家族や親戚がテロ攻撃を受けそれに対する出費が増えること、また、預貯金先の銀行を含む投資先の企業が攻撃を受け資産が目減りすることなどです。なお、これに更に、間接的な影響による勤務先の倒産やリストラに伴う生涯賃金の低下が加わります。

この二つ(期待生存率減少と生涯予算減少)の効果は、どちらが強いにせよ社会厚生を低下させますが、消費行動には正反対の影響を及ぼします。明日死ぬ確率が高くなるということは、今日中に予算を使い切ってしまおうという気持ちにさせます。一方、今まで思っていたよりも自分の生涯予算が突然低くなったということは、消費生活を今までより切りつめたものに変えていく必要性を認識させます。

太平洋戦争時の米軍のようにテロリストが大規模な空爆や核攻撃を仕掛けてくるのであれば、一つ目の効果が二つ目を上回り、その結果消費が上向くでしょうが、予想されているような、小型爆弾や細菌、化学兵器のピンポイント攻撃では、自分が死ぬ確率はあまり上昇せず、二つ目の効果のほうが大きくなり、その結果消費水準が低下することになります。

消費水準そして社会厚生水準の低下を防ぐ究極的な解決は勿論テロの恐怖を取り除くことですが、それが達成されるまではテロの恐怖と消費行動のリンクを取り除くことです。通常の天候や火災等の外的ショックには、保険の購入や先物売買等でリスクヘッジが可能であり、国がこういった私的取引に介入することは、市場を歪める等公的資金の使い道として適当なものとは考えられません。しかしながら、テロ攻撃の恐怖に対しては、それ自体が国の外交政策により左右され、また、実際にダメージを受ける個
人や企業がかなり偏る(航空産業や東京の住人等)ことから、国による十分な保障を法制化することが必要と考えられます。

今回の新法による米軍への協力の強化という政策変化に対しては、根本的なテロの脅威を叩くという意味で全国民に均しく恩恵をもたらしますが、その一方で東京等大都市の住人や米軍基地近郊の住人のテロ攻撃を受けるリスクを高めます。また、航空及び海運産業等に属する企業及びその雇用者のリスクも高まります。従って、こういった人々に対する十分な保障の法制化は、公正な政策でもあります。(ある政策により全ての国民が恩恵を被るのであれば、その政策は採用されるべきですが、ある政策により多数の国民が恩恵を被る一方で、一部がそのコストを払わなければならないとき、政府はその一部のコストを保障した上で、その政策を採用することが、公正な政策採用と言えます。)

なお、保障のレベルに関しては、テロとの戦争は日本全体が戦地であると考えられますから、後方地域に赴く自衛隊員に準ずるものにしてもよいのではないかと思われます。なお、これについては、そもそも急に仕事内容が変わった自衛隊員に対し給与及び保障を強化すべきという意見もありえますが、自衛隊員には退職の自由が認められている以上、リスクを自分で回避できるので、それほど単純な話ではありません。また、保険会社が保障する部分に関しては、国が個人に保障する必要性はありませんが、一時的な保険会社の経営悪化に関し、多少の保障をすることは理にかないます。ただし、戦争とテロが長期にわたる場合、保険料の上乗せ分で保険会社の利益は確保すべきですから、ここでもやはり戦争をしている間の保険料上昇分を、税制等の特別措置で個人及び企業に保障するべきではないでしょうか。

直接の出費の他、こうした保障分を考えると、ますます国の財政は悪化しますが、安全保障は国の提供する公共財の要であり、必要な出費です。これに関しては、よく効果の分からないその他の歳出を極力減らして、これ以上の財政悪化を防ぐべきです。

この拙論では、生命及び資産の破壊というテロによるもっとも直接的な経済(特に社会厚生)への影響を考察しましたが、様々な波及効果があることは疑いの余地がなく、それらについては、IMFを含む様々な企業団体で現在なされている調査研究(例えばIMFのWorld Economic Outlook 参照)に譲りたいと思います。


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