■ PRANJ同時多発テロレポート6 NY・ワシントンDCより (2001年10月30日JMM掲載)
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■ PRANJレポート NY・ワシントンDCより

 ■ 上野真城子  :UI アーバン・インスティテュート 研究員

 ■ 岩田健太郎  :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー

 ■ 池原麻里子  :C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表

 ■ 村上博美   :ESI 経済戦略研究所 研究員

 ■ 渡部恒雄   :CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員

上野真城子:UI アーバン・インスティテュート 研究員

「日常から」

ハロウィーンの前の週末は寒くなりました。ワシントンの郊外のコミュニティーでは紅葉が舞い、パンプキンやゴーストがにぎやかにならんでいます。知らない人からのキャンディーは受け取らないように、子供たちは例年に比べてそうした注意を多く受けていますが、パレードもパーティーも例年通りです。ショッピング・モールもレストランも大勢の客がはいっています。消費は落ちたとはいえ、にぎやかさはいつも通りになっています。

コミュニティーも仕事場でも、人々は淡々と日常を取り戻しています。ただ日常が、9月11日以前の日常とどこか違うことはありながら、日常というものに戻ることがまず大切だと思っているということでしょう。

ヒステリックなマスメディア、官僚、政治家、そして情報の氾濫に、人々は疲れ始めていることは確かです。そして静かな日常の根源の、家族とコミュニティーと暮らしに、ことに子供たちに平常を取り戻すことに熱心にかかっています。そして日常が、狂気と脅威と共存しなければならないものなって、アメリカ人は以前より、いたわりあいのまなざしを持ったように思います。あいさつや微笑み交わすことが増えています。

CーSpanやパブリック・ラジオなどにはマジョリティーとはいえませんが、興奮や絶叫型が減って、次第に自省的な謙虚な市民の声が増え、カレッジでも考える学生たちが増えて来ているように見受けられます。これは事実だろうか、政府の判断に間違いはないだろうか、歴史はどうだったのか、学ぼうとする聞こうとする,選び取ろうとする人々の声が聞かれます。次々と飛びこんでくる悪いニュースに辟易としながら、一方こうした声の存在に救われます。アメリカの市民はこの経験をむだにしないだろうということがこの暗い事件の過程での、ひとつの希望です。


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■ 岩田 健太郎:ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター 臨床感染症科フェロー

「炭疸菌対応ガイドライン」

バイオテロリズムの問題も日々状況が大きく変化しています。その中で、米国疾病管理予防センターCDCの評判がよくない。なぜでしょうか。

CDCはその対応の遅さと、現場の臨床医との話し合いを持ちたがらない、という理由でニューヨーク市の感染症科医の間であまりいい評価を得ていませんでした。そうこうしているうちに上院で炭疸菌が発見されました。標本はCDCには送られず、生物化学兵器を開発していた、という歴史のある陸軍の施設に送られました。検査期間はすばやく、たったの1日。同じワシントンの郵便局の検査はCDCを介したようで、検査には5日ほどかかったようです。その結果、かどうかは分からないのですが郵便局員からはすでに2人の死亡者がでてしまいました。上院からも信用されず、郵便局員の怒りを買い、これでCDCの株はますます下がりました。この陸軍施設とCDCの軋轢に関しては10月26日のニューヨークタイムズが詳しく報じています。ニューヨークの郵便局員が政府機関を信用していないのは、先週書きました。

バイオテロリズムの問題は、過去に例のない問題に人間がいかに知恵を絞って適切な予想を立てうるかにあります。そしてそれは刻々と変化する状況に迅速に対応していく機動力の問題でもあります。

さて、米国の医療界では現在EBMと呼ばれるデータを重視する医療方式が一種の流行(はやり)です。EBMとはevidenced based medicine のことですが、得られたデータを分析して、客観的且つ効果的な医療を行おう、という考え方です。

EBMは科学的、客観的な医療の提供におおいに役立ってきましたが、反面今回のような前例のない事態になるととたんに歯切れが悪くなります。郵便物による炭疸菌のばら撒き行為、など過去にまったくデータがないからです。CDCがこれといったバイオテロリズム対策案を国民に提示しえない理由もそこにあります。

逆にこういうときは小さい組織のほうが効果的な場合もあります。ニューヨーク市の健康局はジュリアーニ市長がじきじきに指名した感染症科医と協力して独自のガイドラインを作っています。CDCのような大きな役所ではないので全員からはんこを突いて回ってもらう必要もなく(実際にはサインです、が)ほぼ毎日新しいガイドラインが作られ、配布されています。炭疸菌の問題はそれほど刻々と事情の変化する問題だからです。

ニューヨーク市は西ナイルウイルスの問題が数年前起きたときもその迅速な対応で株を上げました。CDCとはそのときも軋轢を生じています。日本から見ると米国医療、といえば単一のもののような印象を受けるようですが、決して一枚板ではありません。

先日、このニューヨーク市のガイドラインを私は徹夜で翻訳して、日本の省庁関係に提出しました。私はここの所休みなしで、夜中も医師や患者さんから相談の電話がかかってきておりオーバーワークだったのですが、ニューヨーク市のガイドラインはぜひ日本が知っておくべきだ、と考えたのです。その後一週間以上たちましたが一向に反応はありません。一介の自治体が作るガイドラインよりも、CDCのような連邦政府のガイドラインのほうがいいに決まっている、と思われたわけでもないでしょうが。


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■ 池原麻里子:C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表

「炭疸菌事件」

フロリダで1人、ワシントンで郵便局員2人が肺疸菌で死亡した他、3人が肺疸菌で入院し、6人あまりが皮膚炭そを発病しています。フロリダとNYのメディアがターゲットになった他、ワシントンでは最初にダッシュル上院院内総務宛ての炭疸菌レターが見つかった後、議会関係施設8ヵ所、ホワイトハウス、連邦最高裁判所、国務省、CIA、陸軍病院の郵便処理施設で菌が発見されており、ワシントンでは不安と混乱が高まっています。その為、国防省は26日、庁舎に生物、化学兵器の探知器を6基、設置しました。

犯人捜索の一番の手掛かりはFBIが23日に公開したダッシュル議員、NBCニュースのトム・ブロコー氏、NYポスト宛ての脅迫状ですが、9月11日付けにしてテロ事件との関連を臭わせたり、"DEATH TO AMERICA, DEATH TO ISRAEL, ALLAH IS GREAT"という文面で、さもイスラム原理主義者の仕業のように見せており、本当に11日のテロとの関連があるのか疑わしい面もあります。FBIの行動分析を担当している科学者達はこの脅迫状を書いた人間は英語が母国語ではないと分析しているようです。またFBIやCIAはビン・ラディンやアルカイダが関与しているという証拠がない為、アメリカ国内の過激派、例えば白人至上主義組織やイスラム過激派支持組織の犯行である可能性が高いと考えているようです(27日ワシントン・ポスト)。白人至上主義組織は過去に炭疸菌などの生物兵器の入手を試み、FBIに逮捕されたりしていますが、実際に入手したという確証はないし、米国内の研究所などから炭疸菌が紛失しているという情報もありません。

現在、陸軍が炭疸菌を分析していますが、ダッシュル議員宛ての炭疸菌は純度が高く、粒子が細かい為、滞空時間が長く、肺疸菌を起こしやすくなっているとのこと。炭疸菌が固まららないよう微粒子にするには静電気を取り除いて、防水加工をするなど特殊加工技術が必要で、兵器級の技術を確立したのはアメリカ、旧ソ連、イラクの3国だそうです。国連特別査察団UNSCOMの一員としてイラクの生物兵器を調査し、アメリカの生物兵器開発(69年にストップ)にも携わっていたリチャード・スパーツェル博士はこの3国以外にもイラン、シリア、リビア、中国、北朝鮮にも兵器級の能力があるが、イラクが一番、怪しいと語っています。今回の菌はエイムズ株という種類で80年代にアメリカが世界中の研究所などに配付した為、出処の決めてにはならず、加工技術の分析が鍵となりそうです。

チェコ政府は26日、プラハのイラク大使館にいた諜報員が9月11日テロの主犯格とされているモハメド・アッタと4月に会ったと発表(27日NYタイムズ)。その会合の内容は明らかにされておらず、果たしてイラクが11日のテロに関与していたのか、炭疸菌を渡したのか不明です。エジプトでのエジプト・イスラム・ジハドの裁判ではアルカイダが炭疸菌、0157、サルモネラ菌などを東欧や東南アジアの怪しげな研究所からメールオーダーで1万ドルあまりで入手したことが明らかになっています(24日NYポスト)。一方、イラクは98年、UNSCOMを追放してから生物兵器開発を再開したと思われます。同じく98年、ケニアとタンザニアの米大使館爆破に感嘆したサダム・フセインがビン・ラディンにメッセンジャーを送り、ビン・ラディンとアルカイダにイラクを基盤とするように招待したという情報もあります。イラクのテロリスト養成所で教鞭をとっていた元イラク諜報員はサウジアラビアを始めとする湾岸諸国からアラブ人を受け入れ、ボーイング707を使ってハイジャックの訓練をしたり、暗殺、誘拐などあらゆるテロ行為の訓練をしていたと述べています。ビン・ラディンは『フセインは堕落した権力の亡者だ』と考えているという話もありますが、反米、反イスラエルという共通の目的で両者が連係する可能性もゼロとは言えません。

果たして9月11日のテロにイラクが関与していたのか、炭疸菌事件がアルカイダの仕業なのか、イラクが背後にいるのか?ブッシュ政権内ではアフガニスタンでの戦いが一段落した後にイラクを攻撃すべだというウォルフォウィッツ国防副長官などの強硬派と、イラクを攻撃すると現在の同盟国からの支持は維持できないという慎重派と意見が判かれており、イラク関与の決定的証拠があるか否かが今後のアメリカの軍事行動を左右することになり、捜査の行方に目が離せません。

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■ 村上博美:ESI 経済戦略研究所 研究員

「セキュリティ概念の日米格差」

ワシントンでは9月11日以降一ヶ月半経った現在も,人々は緊張感を保ったままです.ニューヨークにビジネスの機能が集中しているのに対して,ワシントンは政府関連機能が集中しています.市内には大統領府であるホワイトハウスをはじめ,連邦議会,上院下院議員会館,議員図書館,国防省や財務省などの官公庁,シンクタンク,法律事務所などが比較的小さいエリアにひしめいています.テロリストが乗った飛行機が突っ込んだ国防省は若干ワシントンDCの中心部より離れていますが,国の中枢を狙われたというショックが緊張感の糸をピーンと張らせており,セキュリティの更なる強化につながっています.ホワイトハウスの屋根には常時2人くらいのスナイパーが立っており,ホワイトハウスをとりまくビルの屋根にも人影が見え隠れします.市内のあらゆるところでセキュリティチェックが厳しくなりました.まず,かばんの中身はもちろんのこと,金属探知機のゲートを通り,写真つきのIDカードの提示を求められます.先日市内での会議に参加しようと普通のビルに入ろうとしたところ,以前自由に出入りできたドアはロックされ,入り口が中央口一つになっており,数人の警備員が目を光らせ上記のセキュリティチェックを受けました.

もちろん,以前からセキュリティチェックが厳しいところはあります.通常,上院下院議員会館へ入る場合,金属探知機ゲートは必ず通らなくてはならず,屈強な警備員が必ず両脇に立っています.疑わしい人は全身チェックを受けているのを見たことがあります.つまり,国民の代表である議員に万が一のことがあったら,それは国民の損失であり,国の法案審査業務を行う連邦議会に支障をきたすということになります.武器などを使って議員に危害を加えようとする人は水際で取り除かれるわけです.なぜこんなに厳しいチェックを行っているのかと思うのは連邦議会に近い議会図書館です.警備員は常時4,5人はいるでしょうか,金属探知機ゲートに加えて入館時と退館時にはかばんの中身をくまなくチェックされます.(もちろん,盗みなどをチェックするという他の意味もありますが)他の例では,大統領を警護するシークレットサービスは財務省の管轄下にあることでもわかるように,(現在は工事中ですが)ホワイトハウスを正面にみて左側に隣接する財務省の建物に入るだけでもものものしいセキュリティチェックが行われます.まず,事前に自分のSS(ソーシャル・セキュリティ[注]全米国民及び外国人の長期滞在者一人一人に割り振られている9桁の数字)番号を知らせ,重要犯罪者リストの番号との照合が行われ,クリアされないと面会証が発行されません.しかも,面会する人が鉄格子の手前まで迎えに来なければ,館内に入る事ができません.通常でもこれだけのセキュリティチェックが行われています.

それに比べて日本の場合はどうでしょうか.衆議院第一/第二会館へ入るには,面会申し込み証に記入するだけで金属探知機ゲートを通ることもなく簡単に館内へ入ることができます.本来ならば面会する人以外の部屋に行ってはいけない(と書いてあります)が,実際問題一旦館内に入ればどこへ行こうと自由です.例えば不良債券の処理を断固として行うと宣言している議員がいるとしましょう.不良債券処理を快く思わない人がその議員を傷つけようとして議員会館に入ろうとした場合(しかも外見では普通の人に見える場合),その行為が達成される可能性は高いといえます.万が一議員に何かあった場合,それは国民の損失であり,多大なコストをかけて選出した代表をみすみす失うことになります.

衆議院第一議員会館から首相官邸を見下ろすと,あまりにも無防備ではないかと心配になります.首相官邸を取り巻くように高層ビルが立ち並び,上階からスナイパーが狙える距離にあるのではないでしょうか.9月11日以降若干警備が強化されたということですが,首相官邸の警備員の若干の増加と防弾チョッキの着用だけでは心もとないという感じがします.

9月11日以降アメリカは一方で軍隊派遣など対外活動も行っている傍ら,国内警備を強化するために局を新設しました.国土安全保障局と日本語では訳されていますが,本来の意味は国内警備強化です.そこでは国内をターゲットにしたテロの脅威や攻撃から国民の安全を守るため,行政府/地方政府及び民間と協力し,所轄官庁の境界を越えて国の戦略を立てるという主旨で設置されました.例えば,予防部門として沿岸警備隊,税関,国境パトロールを一まとめにし,守備部門として商務省(インフラ部門),情報インフラ保護研究所,FBIの国家インフラ保護センター等を含めITインフラについての全般の防備についての責任を負うこと,そして対策部門として連邦危機管理局及びFBIの国内準備対策部を合わせたものを明示しています.9月11日を境に日米の国内体制への対処だけを見てみると,サリン事件を経験したはずの日本にあまりにも国内のセキュリティの概念が欠けているのではないかと心配になります.警察庁と防衛庁の縄張り争いなど本来の目的以外のことに時間がさかれ,新テロ法案においても,国内の警備強化についていったいどれだけ議論がされたのでしょうか.


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■ 渡部恒雄:CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員

「国会の事前承認について」

<読者からの質問>(わかりやすいように質問を本文中に掲載しました)

Q1:「国会でのテロ対策関連法案の審議について」について

国会での事前承認がどうして不必要か私には理解できません。直接選挙で選ばれる米国大統領でさえ、議会の承認なく宣戦布告(戦闘指揮)することができないにも関わらず、間接的に選ばれた日本の首相にどうして国会の事前承認が不要なのでしょうか?

米国では、今回の件でも迅速に議会の承認が得られ、日本でも物理的な問題はないと思います。しかも、今回の法案は「支援」が目的であり、少なくとも数日の猶予があると思われるのにも関わらず、なぜ独断を許すようなことになるのか分かりません。むしろ米国ならば、通らなかったのではないでしょうか?

A.

「国会の事前承認がどうして不必要かわからない」という御質問をいただいたので、私の意見を述べさせていただきます。

この問題は、事前承認が必ず必要とか、必ず不必要といった白か黒という答えがあるわけではありません。国会と政府の関係やその政策の決定速度の中で、どれが適当かを考える必要があります。

政府・与党が今回の対テロの法案で事前承認ではなく事後承認にこだわった理由は、(与党の政局の思惑は別に置くとして)国会の事前承認を認めると、「自衛隊派遣の即応性が損なわれるため、事後承認は譲らない」というものでした。私が今回の法案で事前承認が不必要と考えた理由もそこにあります。今回決定されるテロ特措法では、結局、現在の自衛隊の治安出動と同じに、活動命令後20日以内に国会に「事後承認」を求め、不承認の場合は撤収するという国会の強いチェック機能を認めているわけで、それで十分すぎるほどです。

質問では、「今回は支援が目的であり、少なくても数日の猶予があるにも関らず、なぜ独断を許すことになったのか」ということですが、まず日本でもアメリカでも、軍(自衛隊)の指揮の権限は、行政府(大統領と内閣総理大臣)に与えられています。指揮の権限を一個所に与えなければ、緊急事態に対処できる効果的な防衛ができませんし、そもそも責任の所在が明らかでなく民主政治的にも大変危険です。ですから、軍隊を動かす権限を行政府のトップに集中させることは独断を許すこととは違います。行政府の行動は憲法と既存の法律に縛られますし、だからこそ、今回は国会が慌ててテロ特措法を作っているわけです。ちなみに数日の猶予といわれますが、今回、もうすでにアメリカ軍の軍事行動は始まっているわけで、日本は事件が発生してから、慌てて法律を作り、現時点では(10月27日の執筆時)成立もしていません。日本人やアメリカ政府は、過去の日本のとてつもない遅い対応との比較で、それなりに評価していますが、客観的に見れば、今回も泥縄なわけでもう十分に遅すぎます。

「アメリカでは今回の件でも迅速に議会の承認が得られたので、日本でも物理的な問題はない」という御意見ですが、今回のケースで、アメリカと日本を単純比較することはできません。様々な条件が違います。根本的な違いの一つは、日本には今回のような場合に自衛隊を派遣するための法律がまったく存在していなかったわけですが、アメリカには(というか日本以外のほとんどの民主国家は)、既に政府の軍事力行使の権限とそれに対する議会のチェック機能と、そこに関連する法律が整備されていることです。ですから、議会も政府の暴走を恐れることなく迅速に対応できたわけです。日本には前例がありませんから、アメリカのようにスムーズに議会が承認できると考えるのは無理です。

参考までに、アメリカの場合、軍事行動の指揮権は大統領にありますが、議会が大統領に対してチェック機能を果たすために、宣戦布告の権限は議会にあります。ところが、アメリカは第二次大戦以来、宣戦布告を伴なう戦争をしておらず、特にベトナムでは、宣戦布告なしに政府が泥沼のような軍事拡大をしてしまいました。これに懲りたアメリカ議会は、戦争権限法というものを作り、宣戦布告がないアメリカの大規模な武力行使に関して、議会の事後承認が必要で、もし議会の承認がなければ軍隊は60日以内に撤収するという法律を成立させました。しかし、憲法上、あくまでも戦争遂行の権限は大統領にあります。しかも、1983年には最高裁が、議会に大統領の派兵命令を撤回する権利はないという判決を下し、この戦争権限法は強制力がなく空文化しています。その理由の一つは、政府と議会のバランスの中で、戦争権限法を認めると、憲法で保証された政府の権限を議会が妨げるというものです。それから、軍事的な常識からいえば、一度、軍事力を展開した後で、ある一定の期間内に撤退するという制限をつけると、敵に軍隊の撤退時期をみすみす教えることになります。軍隊というのは、撤退するときがもっとも脆弱なので、戦争権限法にしたがうと、自国の軍隊を危険にさらすという現実的な問題もあります。

アメリカと日本を単純比較できないもう一つの理由は、明確に自国の市民が攻撃されて大量の死傷者がでているアメリカと、そうでない(もちろん日本人にも犠牲がでているわけですが)日本では状況が違うからです。今回アメリカの議会は、全面的に戦争遂行の権限を大統領に認める決議を迅速に行いましたが、日本でも自国が明確な攻撃の対象であれば、憲法が認める個別的自衛権の行使のケースであり、理論的にはその対応に憲法による制限はなかったはずです。今回のように自国が攻撃されたケースでない場合、憲法9条により戦争を放棄している日本では、周辺事態法にしても、今回のテロ特措法にしても、あくまでも戦闘行為ではなく「支援が目的である」ということで、アメリカのケースとは違います。だからこそ、今回予定している自衛隊の後方支援に対しても、集団的自衛権の行使に否定的な憲法解釈もあり、賛否両論あるわけです。ですから、今回の日本の場合、「国会の事前承認に物理的な問題はない」とは言い切れないでしょう。

日本の周辺有事を対象にした既存の周辺事態法では、国会の関与は、原則事前承認しかし緊急時は事後承認というもので、これがテロ特措法における国会関与に対しての民主党の立場でした。つまり、国会の承認というプロセスを待っていては、政府の対応が遅れて問題があるということは、民主党も理解していたわけです。それでは、今回のテロ対策法と周辺事態法の違いは何かというと、今回はあくまでも今回の同時多発テロに限った特別措置法で、しかもその効力が二年で切れる時限立法です。もし、今回も周辺事態法のような一般的な法律で、その対象がどのようなケースかわからない場合ならともかく、今回の法律の対象は明確であり、法律に沿った具体的な政策行動は、法律ではなく政策論で決めるべきことです。そこが、私が事前承認ではなく、事後承認が政策的には合理的であり、かつ国会によるチェック機能も、政府の機能を損なわないレベルで機能していると考えた理由です。ただし、民主党の立場の原則事前承認しかし緊急時は事後承認というものが、全く機能しないというわけでもないということも、付け加えておきます。このあたりのチェックアンドバランス機能をめぐる議論は、あくまでも、全体の意思決定システムのバランスを見て、答えをだすべきものであり、白黒があきらかなものではありません。ですから、今回、この点で与党と民主党で合意ができなかったということに関しては、私は政策上というよりも、両者の政治技術上に問題があると考えます。

<読者の質問>

Q2.「安全保障の『コスト』」について

確かに日本は米国の軍事プレゼンスの恩恵を受けていますが、同時にそれがリスクともなっていると思います(また、在日米軍は単に米国の国益に沿った行為で、日本のために行っている訳ではないですよね。冷徹な国際政治ですから)。例えば、湾岸戦争の際についても、イラクの侵略は許しがたいことですが、所詮、欧米が勝手に引いた国境線を巡る特権階級同士の内部抗争とも考えられます。あのままフセインが勝っていれば、石油ショックでしょうが、それ以前の石油ショックと同様に収まったのではないでしょうか?だって、フセインには石油しか売るものがないのですから。むしろ、明確に米国側につく方が石油の入手が困難になった可能性もあります。なお、決して湾岸戦争が間違っていたという訳ではなく、結果的には最もコストが安く解決した正しい選択だったと思いますが、米国風の「力の」解決策が常に有効とは限らないということです。

つまり、事後に問題を解決するより、事前の対策の方が数段コストが安いのでしょう。つまり、フセインにそんな力を与えた米国(欧米)の中東政策の誤りを検証し、今後に生かす方が重要だということです。(日本と同様に、)欧米の場当たり的な政策のため、50年以上中東に積極的に関わりながら全く安定をもたらすことができなかったことを検証するべきではないでしょうか?(今回のアフガニスタンでの王様担ぎ出しもまたも場当たり的ですが)。もちろん、一貫して安定をもたらさないようにしてきたというのが本当かも知れませんが。

A.

個別で指摘されていることは、もっともな部分もありますが、全体として、その結果、日本の政策としてはどうすべきかという方向性が質問からは見えてきません。正直いって、政策論的にはどう答えていいかわからないものです。例えば、「米国の場当たり的な政策のため、50年以上中東に積極的に関わりながら全く安定をもたらさなかったことを検証すべきではないでしょうか」というご指摘ですが、質問の中の細かい事実関係はともかくとして、アメリカの中東政策の失敗は、当然のことながら、日本でもアメリカでも大きく議論されている点で、これは検証すべきでしょう。

しかし、アメリカの中東政策が失敗したことと、今回の対テロに関しての日本の政策と、どう関係づければいいのかが、質問(あるいはコメント)からは読み取れません。その前に、日本における米国の軍事プレゼンスの恩恵とリスクが指摘されていますから、中東での不安定な政策を引き起こしたアメリカとの同盟関係の恩恵とリスクを計算して、中東からのエネルギーの安定供給のために日米同盟を解消すべきというのが御意見なのでしょうか。

もしそうなら、日本がアメリカと同盟を解消した場合、日本はどのようにして、シーレーンの防衛も含め、中東からの石油を確保するのでしょうか。中東の安定には、日本が独自に積極的に関与すべきなのでしょうか。またアジアにおける安全保障はアメリカのプレゼンスぬきで実現可能なのでしょうか。そのあたりの具体的な道筋を提示しないと、政策論にはなりません。

せっかく御寄せいただいた質問自体に不必要に「からんで」、議論を不健康な方向にもっていきたくはないのですが、今回の質問だけではなく、日本の論調の中に、今回いただいたような方向性のない議論を多く見かけるので、あえて取り上げさせていただきました。私はそこに日本における政策研究あるいは政策論の根本的な問題があり、だからこそ、我々がPRANJという組識で政策研究の必要性を日本に訴えていることに意義があると確信します。

 


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