■ PRANJ同時多発テロレポート8
NY・ワシントンDCより (2001年11月13日JMM掲載)
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■ PRANJテロ関連レポート8 NY・ワシントンDCより
■ 渡部恒雄 :CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員
■ 愛知和男 :防衛庁・環境庁元長官
■ 和田絵里香 :IIE 国際経済研究所 客員研究員
■ 池原麻里子 :C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表
■ 安井明彦 :富士総合研究所ニューヨーク事務所 研究員
■ 渡部恒雄:CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員
評価されている日本の難民支援
先日、私の勤務先の所内講演で、アメリカの難民支援NGO組識、
Refugee International
の代表、ケン・ベーコン氏の話を聞く機会がありまし
た。ケン・ベーコン氏は、クリントン政権の広報担当の国防次官補で、コ
ソボ空爆時のペンタゴンの報道官として活躍をし、全米には大変馴染みの
ある顔です。彼の組識が現在全力を挙げて取り組んでいるアフガニスタン
の難民活動についての困難な状況とアメリカ政府のさらなる取り組みの必
要性について、様々な角度で話がありました。
ベーコン氏は、今回のアメリカのアフガニスタンへの空爆自体は、正当
な自衛権の行使として支持し、かつ副次的被害(コーラテラル・ダメー
ジ)としてのある程度の民間人の犠牲もやむを得ないが、しかし、人道援
助の遅れにより不必要にアフガニスタンの民間人の犠牲者を増やすべきで
はない、という現実的なものでした。そして、彼の組識のホームページの
ブッシュ政権への提言としては、民間人の犠牲が増えるクラスター爆弾等
の使用を中止する、国際人道援助のための閣僚クラスのポストを新設す
る、難民受け入れのための国際的な緩衝地帯を創設する、イランやパキス
タンなどのこれ以上の難民受け入れを渋っている隣国に対し、外交的な働
きかけをする、等が提言されています。(http://www.refintl.org)
このあたりは、日本のNGOの方々も、様々な努力をされていることを
承知していますが、外交上、実際に力を持つ日本政府や国会が強くプッシ
ュできる点だと思いますので、あえて紹介しました。特にイランへの働き
かけは、日本のほうがアメリカよりもチャンネルを持っているはずです。
ちなみにベーコン氏は、国際的な難民援助の取り組みに最も貢献している
国として、真っ先に日本を挙げました。その点で、現在、小泉政権が自衛
隊のPKO5原則を見直し、本体業務凍結を見直し、自衛隊を戦後のアフガニ
スタンに地雷除去などの人道的支援を送る準備をしていることは、日本に
とっては必要なステップだとは思います。それから、現時点では北部同盟
が戦略的な要地マザリシャリフを制圧したという報告がありますが、現在
まで非常に難航している人道援助物資の効果的な分配のためにも、いいニ
ュースだと思います。
日本の今後のPKO議論で気をつけなくてはいけないことは、アフガニス
タンのような内戦が続くアナーキーな国では、実際の戦闘行為ではなく人
道援助への参加でも、任務に付随する危険は大変大きいということです。
ですから、日本が自衛隊を送り出すには相当な覚悟が必要ですし、武器の
使用基準は勿論のこと、実際に戦闘に面した際にどのような基準で武力を
行使するかという交戦規定(Rule of Engagement
)も現実に合わせ設定しな
くてはいけません。
ちなみに、日本以外の民主国家は全て合理的なROEを定めています。
これがなければ、派遣した軍隊が自らを、予想外に起こる危険から守れな
いと同時に、理論的には軍隊が自分勝手に戦線を拡大するという暴走の可
能性もあるわけです(日本ではむしろ後者を恐れるがゆえに、前者を不必
要に犠牲にしているような気がします)。日本がこれまでに、合理的な交
戦規定を持っていなかった理由は、交戦権を否定する憲法9条と集団的自
衛権を認めない憲法解釈があったからでしょう。
ですから、今後もおそらく国会論戦などで、既存の憲法解釈にこだわり
すぎると、自衛隊をみすみす危険な地域に派遣しながら、自衛隊に対し自
己の十分な防衛のための法的および軍事的手段を与えない決定が政治的に
下されるかもしれません。逆にいえば、いままではそのような問題があっ
たからこそ、自衛隊のPKO派遣の際は、PKO5原則を設定し、危険が少ない
地域と条件を限定し、本体業務の参加を凍結してきたわけです。ですか
ら、議論の際にはこの点を飛ばしてはいけないと思います。私個人として
は、日本の安全保障上だけではなく、効果的な国際人道援助のためです
ら、既存の集団的自衛権を禁ずる憲法解釈は限界に来ていると思います。
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■ 愛知和男:防衛庁・環境庁元長官
アメリカと日本の受け止め方の違い
私は少し落ち着いて充電したいと思ってアメリカに来ています。まだ2
週間しか経っていませんので、テロの問題についてアメリカと日本とその
受け取り方、あるいは対応の仕方などについての違いなどを充分見分ける
ところまでいたっていませんが今の時点で感じていることを書いてみま
す。
ハーバード大学で行われたテロに関するシンポジウムのいくつかに参加
してみました。
一つはケネデイ図書館で開かれたシンポジウムでジョセフ・ナイ教授と
ジェシカ・スターン教授の2人がパネリストでした。月曜日の夜7時からに
もかかわらず会場は超満員で、急遽別の会場が追加設営されて画面を通じ
て見るような有り様でしたが、印象的だったのは聴衆の8割は年配者だっ
たことです。アメリカに自信を持ち、誇りを持って生きてきたひとの多く
が大きなショックを受けたことの現れでもあると思います。もうひとつの
シンポジウムはジェシカ・スターン教授を講師とするハーバード大学のヘ
ザーヘッド・センターのセミナーでこちらは狭い会場だったのですが、集
まった人たちはやはり半分以上は学生以外の人たちでした。
日本でこのような企画をしても、このような人々が集まるとはとても思
いません。日本人の今回のテロ事件に対する感覚は一口に言って他人事つ
まりアメリカの問題で日本はアメリカに協力するのだという感覚なのでし
ょう。24人もの日本人が犠牲になったにもかかわらずです。
日本はアメリカに協力するのではなく、まず自分の問題であることを認
識しそのうえでアメリカと共にテロと戦うという感覚が不足していると思
えてなりません。これには正直いってアメリカの責任もあると思います。
つまりあまりにアメリカが『アメリカ』を強調し過ぎる傾向が感じられる
からです。
シンポジウムでの話の内容ですが、発生した事実の状況分析、あるいは
背景の分析などがほとんどで、これからどうやったらテロが発生しないよ
うにできるか、そのための戦略の議論まで踏み込んだものになっていませ
んでした。
無理もないことですが、アメリカとしてもこの全く新しい出来事に対す
る基本戦略がまだ充分に出来ていないのだと強く感じました。
これもハーバード大学でのアメリカの外交戦略に関するセミナーに顔を
だしてみましたが、講師であったボストン大学のベースビッチ教授が、聴
講者が(これも中年の人でした)「今回のような問題はもともと国際社会
の秩序を乱す行為に対する対策なのだから本来は国連の扱う課題ではない
か?」と問うたところ、「国連に何ができるのか?アメリカがやらないで
誰がやれるのか?」とほとんど一言で一蹴してしまったことも印象的でし
た。とりあえずアメリカが対処するしかないにしてもアメリカだけがずっ
と国際秩序維持のための警察行動を続けることはできないと思われます。
いずれにせよ日本は今後のテロ対策について国際的な仕組みについての
大きな構想を世界に提案する位な積極的対応をする必要があると思いま
す。まだ誰も明確な答えを持っていない今ですから或意味では日本にとっ
て絶好のチャンスとも言えると思います。
今回いわゆるテロ対策法が一ヶ月で成立しましたが今までのことを思う
と隔世の感があります。しかしこれで良しとしてしまってはいけないと思
います。とりあえずはこれでひとまずいいとしても、間を置かずに基本的
な議論を直ちに始めるべきだと思います。
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■ 和田絵里香:IIE 国際経済研究所 客員研究員
アメリカの経済対策議論に学ぶもの
先週発表されたアメリカ国民総生産はついにマイナス成長となり、その
後発表された失業率も5.4%への大幅上昇。9月11日のテロの影響もあり、
アメリカ経済の先行きは不透明となっている。それを受け、米連邦準備理
事会は、今年10回目となる利下げを決め、アメリカの短期金利は1961年以
来の低い水準、年2.0%となった。一方、米国上院、下院とも経済対策の中
身の検討をしている。一連のテロ事件で、アメリカの公共消費部門をすで
に増加傾向にあり、これにさらに税負担の軽減で需要の喚起を促そうとい
う訳である。
議会での議論を見ていると、日本経済が悪くなり始めたころの議論が思
い出される。アメリカ経済でも、日本経済でも、経済の約7割が個人消費
に占められており、その個人消費を伸ばすことなしに、経済の活性化は望
めない。問題は、どうやって個人消費を喚起させるかである。いいかえれ
ば、効果的な対策はなぜ個人消費が落ち込んでいるのかというその原因を
見極めた上で作られるものであると考えられる。
今アメリカで何が個人消費を阻んでいるのだろうか?アメリカの景気の
後退は9月11日以前から見られたとはいえ、やはり一連のテロ事件による
影響は深刻である。そうなると、今のアメリカに一番効果的な経済対策
は、アフガンでのキャンペーンが早期の成功を収め、炭疽菌をばら撒いた
犯人がつかまることであろうが、残念ながら、これにはまだ時間がかかり
そうである。また、いくら議会で議論を重ねても、テロリスト達を一網打
尽に出来るものでもない。となると、次に有効な手段として、アメリカを
9月11日以前の安全な社会に戻すことが出来ればいいが、これも実現は難
しい。
一方、テロ事件以降、失業者は確実に増えており、特に、ホテルや航空
会社に勤める旅行産業に従事する人達への影響は甚大だ。この層には移民
をはじめとする低所得者層が多く含まれ、所得が低いため統計上にはあま
り影響しないという声があるという一方、給料の大半を消費に回すため、
個人消費を促進するためには効果的であるという声もある。どちらにして
も、民主党、共和党どちらの対策案にも失業対策は含まれている。共和党
は企業、富裕層に働きかけることで、主に投資を促進し、雇用を増やし、
失業の不安を少なくすることで、経済を再生させようとしている。一方、
民主党は、すでに職を失った人達に直接働きかけることにより、失業後の
生活を保証し、不安を少しでも解消しようとしている。
結局、金融・失業対策が中心の経済対策とは、今のアメリカの場合、テ
ロに関する不安を取り除く(ベスト策)が容易ではない以上セカンドベス
トの対策なのである。日本ではどうであろうか?経済対策が取られてから
既に10年ほど経つが、消費不振の原因を探り、それを取り除くようなベス
トな対策が立てられてきたのだろうか?ベストの対策が取ることが出来な
い場合、せめてそのことを念頭において今回のアメリカのようにセカンド
ベストと言える対策が取られてきたのであろうか?そもそも、どうして日
本の消費者心理は悪化する一方なのだろうか?
都心の家が狭く、買いたくても新しく物を置く所がない。住宅サイズの
税制上優遇がないだろうか。リストラされるかもしれない不安から、人々
は消費より貯蓄に励んでいる。バブルの時に購入したマイホームのローン
の負担が重く、借金返済に追われ消費などとても余裕がない。比較的消費
活動が旺盛な女性の所得を増やそうにも、女性が働くための託児所、税制
を始め環境が悪すぎる。などなど、いろいろな原因を思いつく。小泉内閣
の打ち出した構造改革、それなくして経済再生はありえないと言っていた
が、その構造改革は消費者心理悪化の原因のどの部分を具体的に取り除こ
うとしているのであろうか?残念ながら「痛み」の後にくる「報酬」(例
えば現在社会保障の負担をどこまで増やせば将来にわたって社会保障の給
付は最低どのレベルを維持できるか等)を具体的に描き国民に提示するこ
とが不十分であるため、世論の支持もいつ急低下してもおかしくない。
今の日本での国会の様子を見ていると、(と言っても、新聞ぐらいしか
情報はないのだが) 今各論レベルで国民のごく一部の利益のみを代表す
る団体が抵抗している改革を推し進めるためには,今後も引き続き世論の
高い支持を味方につけることが必要であると思われる。構造改革と一口に
言うが、具体的な改革がどんな問題に基づき、何を目指しているのかを明
確にしてゆけば、世論を味方につけ改革を推し進めることが出来るのでは
ないか。この前の自民党総裁選で、小泉氏が首相に選ばれたということ
は、国民(正確には自民党員)は、改革を望んでいるということではなか
ったのだろうか?ここは、小泉首相の魅力的な答弁で、もう一度国民に働
きかけ、何としても個人消費を喚起させるような構造改革を推し進めてほ
しいものである。
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■ 池原麻里子:C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表
激化するプロパガンダ戦争
10月16日のPRANJレポートでテロ事件と米メディア報道についてご報告
致しましたが、今回はその後のプロパガンダ戦争についてご報告したいと
思います。
アフガニスタン攻撃開始から1ヵ月以上経ちましたが、今月9日になって
アメリカ側が支援している北部同盟がやっとアフガニスタン北部の要衝マ
ザリシャリフを制圧し、タリバン軍は撤退しました。一方、アフガン・イ
スラム通信によると米軍が空爆していた南部カンダハル近郊の村では10日
までに住民ら130人の遺体が見つかっているということです。
北部同盟はやっとマザリシャリフを制圧しましたが、最近ではアメリカ
側が支援していた反タリバン勢力のリーダー達がアフガニスタン国内で工
作している最中に殺害されたり、危機に直面した為にアメリカ側があわて
て救済活動を行なう場面もありました。タリバンが粘り強く、多数のパキ
スタン人義勇兵がタリバン支持に参戦している為、米軍の空爆と限定的な
特殊部隊の活動では不十分で、大規模な地上軍の投入が必要だという声が
米国内では高まっています。
パキスタンに避難してきたアフガニスタン難民達によると、じゅうたん
爆撃などが始まり、民間の死傷者が増えている為、一般市民の反米感情が
高まっているとのことです。米軍はアフガニスタン国民向けに我々の敵は
ビンラディンとタリバンでアフガニスタン国民ではないとラジオ放送をし
ていますが、間の抜けたことにその周波数が地元民のラジオでは受信が困
難だという事態も発生しているようです。また米軍はブルカをまとった女
性がタリバンに棒で殴られている写真にこういう将来を子供達に望むかと
問うビラを撒いていますが、これも北部で配付されるなど、肝心のタリバ
ン支配下で弾圧されている人達の手元には届いていないようです。
湾岸戦争時には当時のパウエル統合参謀本部議長やシュワルツコフ司令
官が連日の記者会見で連合軍の進展ぶりをブリーフィングしていました
が、今回の作戦の司令官であるトミー・フランクス陸軍大将は8日になっ
て初めて国防省で記者会見。彼のメディアとは距離を置くべきだという信
条とローキーなスタイルがメディア時代には適していないという批判が国
防省内外で出てきています。日々の国防省の記者会見は都合がつく限りラ
ムズフェルド国防長官が担当していますが、特殊部隊の活動内容について
は公開できないことが多く、こういう進展があったとはっきりブリーフィ
ングできない為に米軍が苦戦しているという印象を打ち消すことが難しく
なっています。
タリバン側は米軍の空爆によって大量の民間の死傷者が発生していると
主張していますが、国防省はそういう事実は確認できていないという説明
をする場合が多く、赤十字の施設などを誤爆した場合は事実関係を調査し
た後で報告するという形をとっています。タリバンは米軍による民間人の
被害の度合とか撃墜したと称する米軍ヘリコプターを外国記者団に見せた
りしています。国防省ではタリバンのプロパガンダにごまかされないよう
にと、在ワシントン記者向けに「壁が一様に倒れていたら、トラクターで
倒した証拠である」など真偽の程を見極めるコツをブリーフィングしまし
た。
カタールの衛星TV局アルジャジーラ(視聴者3500万人以上)を通じた
イスラム世界向けのビンラディンとアルカイダのプロパガンダに対抗すべ
く、ブッシュ政権もパウエル国務長官やライス大統領補佐官を出演させた
り、最近ではビンラディンのビデオ放送直後にアラビア語に堪能なロス元
在シリア米大使を出演させ反論させました。アメリカがイスラエル寄りと
いうアラブの反感を打ち消すべく、米政府高官は連日、レバノンやエジプ
ト、パキスタン、UAEを始めとするアラブ諸国のメディアとのインタビ
ューを行なっています。
国務省では元広告業界にいたビアーズ国務次官が"Dialogue with
Islam "と
呼ぶイスラム専門家による諮問委員会を設置し、イスラム世界向けのメッ
セージを作り、情報外交を展開しています。新しく出た広報冊子には9月
11日のテロ被害の写真やタリバンとアフガニスタン国民の関係の説明を掲
載し、ビンラディンの発言とアラブの有識者の反論を併記しています。こ
の冊子は14ヵ国語で配付され、HPでは30ヵ国語で読めるようにするとの
こと。それ以外にもロンドンとパキスタンにいるホワイトハウス・スタッ
フはアメリカに好意的な報道をアレンジすべく活動しています。
ホワイトハウス高官は11日、ハリウッドの代表者と会談し、米映画業界
が海外での対米理解を推進するなどテロとの戦いを支援する方法を検討す
ることになっています。数週間前にも40人あまりのTV業界のトップ、プ
ロデューサーなどがホワイトハウスと会談して、炭疽菌の脅威に関するド
キュメンタリーやTV番組のテロの脚本の扱いなどを討議しました。
8日夜、ブッシュ大統領は米国民にテロとの戦いをよびかけるスピーチ
をしましたが、ABCやCNN、C−SPAN以外は生中継せず、娯楽番
組の視聴率の方が高いという結果になりました。辛抱強くない米国民とア
フガニスタン市民の死傷者増加で高まる海外からの批判を相手に、ブッシ
ュ政権はこの長引きそうな戦争で着実な進歩を示すと同時に戦争の正当性
を訴え続ることで支持を確保し続けて行くという大変な課題を抱えていま
す。
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■ 安井明彦:富士総合研究所ニューヨーク事務所 研究員
対テロ包囲網のコスト:マクロとミクロのせめぎあい
先のPRANJレポートのなかに、テロ後の世界でグローバリゼーションを
推進することの重要性が指摘されていました。実は、ブッシュ政権も自由
貿易推進の必要性を強調しています。自由世界の連帯を深めるために、今
こそ、アメリカが自由貿易にコミットしているとの姿勢を明示すべきとい
う主張です。
しかし、通商は対テロ包囲網形成の難しさを示すフィールドでもありま
す。マクロな意味では、自由貿易の推進はすべての参加者にとってプラス
なはずです。しかし、産業などのミクロな視点に下りると、途端に話は違
ってくるのです。
たとえば、今回のテロの文脈で焦点となっているのが、パキスタンの繊
維・アパレル製品です。軍事作戦の展開にともなって、外資企業の撤退な
どパキスタン経済は大打撃を受けています。経済不安は政治不安につなが
り、そうなれば、アメリカがパキスタンを自陣営に引き止め難くなりま
す。経済面でパキスタンを助けることは、アメリカにとって戦略上重要な
意味をもつのです。そこでブッシュ政権は、パキスタンの主要輸出品であ
る繊維・アパレル製品について、関税引き下げや輸入制限の緩和を考えて
います。
しかし、障害になっているのが、国内の繊維・アパレル産業の反対で
す。かれらにしても折からの景気後退で打撃を受けているわけで、安価な
輸入品の増加は何としても避けたい。アメリカの繊維・アパレル産業は、
アメリカの産業構造上とくに重要な産業というわけではありません。しか
し、政治力が強く、地元選出(サウス・カロライナ州、ノース・カロライ
ナ州など)の議員を通じて、いろいろな圧力をかけるわけです。
議員が地元利益を重視するのは、民主主義の基本です。これを否定して
は議会制は機能しません。政治的な文脈では、「パキスタンを救うため
に、あなたは失業してください」とはいえないわけで、マクロな視点だけ
で話を進めるのは難しいのです。
しかし、問題は繊維・アパレルに限りません。テロ前の段階で輸入制限
の導入が準備されつつあったのが鉄鋼で、これも強い政治力のある産業で
す。しかし、鉄鋼の輸出国には、アフガニスタンと国境を接するカザフス
タン、そしてロシアという、対テロ包囲網に欠かせない国が含まれている
のです。
今回のテロの一因に、先進国と発展途上国の貧富の格差がいわれます
が、途上国が発展するきっかけとして、安価な労働力などを利用した輸出
拡大があります。自由貿易の推進は発展途上国にとってプラスであって、
ひいてはテロの撲滅にもつながるという理屈がたつわけです。
しかし、発展途上国側には、WTOを中心としたこれまでの「自由貿易」
推進に不満があります。繊維・アパレルなど、途上国の優位が生かされる
分野で、先進国の市場は必ずしも開かれていないというのがかれらの主張
です。これまでの「自由貿易」推進は、先進国による発展途上国市場の開
放にすぎず、逆の視点が欠けているというわけです。先進国はなぜこうし
た分野の市場を開放しないのでしょうか。理由は簡単。国内産業の保護で
す。
ミクロな利益とマクロな国益をどのように調整していくのか、新しい時
代の「戦争」は、難しい選択をアメリカに突きつけているのです。
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