[アメリカの都市型選挙キャンペーン:2000年ニューヨーク州ヒラリー・クリントン上院議員選挙]
2001年2月5日 CSIS戦略国際問題研究所 (ワシントンDC)

司会:ヒラリー・クリントン前大統領夫人(現・上院議員)選挙陣営本部で主にアジア太平洋集票戦略を担当されたPRANJポリシー・プロフェッショナルの渡辺将人氏に御自身の体験を講演していただきます。

渡辺:本日はお集りいただきまして誠に有難うございます。ヒラリー・クリントン陣営本部と大統領選ゴア陣営のニューヨーク支部でフルタイムで働いておりましたので、その経験を元にお話させていただきます。事前の質問で多かったのは、どうして日本人として入れたのかという点でした。たしかに日本人がアメリカの選挙でフルタイムで働くというのは色々と難しいのですが、私は米議会の下院議員事務所で働いておりましたので、その事務所の議員から派遣されたということで例外的でした。

日本の場合、選挙ですと都議さん、区議さんといった地方議員の方が同じ選挙区の国会議員の候補者のために自分達の名簿で票を集めたり、地方議員が選対委員になって活躍されるわけですが、アメリカの場合、選挙スタッフを一から別に集めるスタイルを取ります。アメリカの議会スタッフは公費で勤務時間内に仕えている議員の選挙を手伝ってはいけないことになっていますが、実際には、議員はスタッフを一時休職にさせて別の議員の選挙にお互い派遣しあったりといったことを行います。日本の都議さんが御自分の秘書を同地区の国会議員の選挙に送り込むのに似ています。ヒラリーは、落下傘の新人候補でありニューヨークに一から組織を作らなくてはならなかったこと、また現職の大統領夫人であったことで、ホワイトハウスが指揮系統の中枢にいました。選挙活動と大統領夫人の公務の時間がどうしても曖昧になりがちで,キャンペーンのスケジュールもいちいちホワイトハウスにお伺いをたてなくてはならず、選挙スタッフはやりずらい面もありました。

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      渡辺将人

     元・ヒラリー・クリントン選挙陣営
               アジア太平洋集票
         戦略担当

 

 

 

 

 

 

  zentai.gif (14391 bytes) <ヒラリーの選挙スタッフたち>
ヒラリーはマンハッタンのヘッドクォーターに来る度に、キャンペーンマネージャーと打ち合わせていましたが、大まかな進行を把握するだけで、細かい戦略は現場に任せていました。ニューヨークのキャンペーンで特殊だったのは、コーディネーティッド・キャンペーンと呼びますが、大統領選ゴア陣営を兼ねていました。私はヒラリー陣営と同時にゴア陣営のためにも働いていました。スタッフはフルタイム勤務の者だけでも130人位。まず,ホワイトハウスからヒラリーが引き抜いて来た現職の側近やスピーチライター。92年と96年のクリントンの選挙で活躍した選挙功労者等,民間や方々に散っている彼等を呼び戻す。そして、人物保証のある民主党の議員のスタッフや元スタッフ。主婦、退職者、学生などはボランティアとして不定期に労働力になります。

<アメリカ都市選挙キャンペーン>
メトロポリタンエリアというニューヨーク市の都市部、それからアップステイトという州上部があるわけですが、見事に前者が民主党系、後者が共和党系というのは下院議員の分散を見ても明らか。ヒラリーは当然メトロポリタンに集中的に力を注ぎました。対抗馬のリック・ラジオは下院議員を4期務めていましたが、キャンペーンのバスを貸し切って州をぐるぐる回ったんですが、ヒラリーはそれはしない。メトロポリタンの狭い地域を小型車で一日に数カ所も回る効率性の高いキャンペーン。

伝統的に民主党は、カトリック教徒とユダヤ教徒は支持基盤。アメリカの選挙専門用語で、「エスニック票Ethnic Vote」と言う時、基本的に白人アングロサクソン・プロテスタント教徒WASP以外を指して言います。言わばマイノリティー。メインストリームの宗教であるプロテスタントを扱う必要はないという発想が上層部にあった。ニューヨークの宗教人口ですが、カトリック票は全体の40.2%。その中で、アイルランド系が15.6%、イタリア系が15.8%、ドイツ系が16.1%、ポーランド系が6.6%です。

ヒラリーの選挙戦略ですが、1つはニューヨークスタイル・キャンペーン。ニューヨーク州は非常に特殊な所で、民族、人種、宗教の多元性が濃いのと、新移民が多く、移民のアメリカへの帰属意識がかなり薄い。一世代目は祖国に親族を残して来ている。彼等にしてみれば、福祉や教育といったアメリカの今の自分達の問題もさることながら、出身国へのアメリカの外交問題を気にする。アメリカのニューヨークの地方選挙でありながらも、外交にも目を配らなくてはならない。

新人議員ですから、後援会がないので、一からコミュニテーリーダーという後援会長みたいな人を使って各コミュニティーに入り込んで行く。本格的にキャンペーンが始まるのはレイバーデー明け。アメリカには、「アイリッシュ・ボイス」「パキスタン・ボイス」などの新聞ですとか、インドTVとか、そのエスニック集団ごとのメディアがあります。読売アメリカみたいな、在米外国人向けのメディアではなく、アメリカ人のエスニック社会向けのメディアです。たいてい政治的で、陣営は彼等を上手く取り込んでヒラリーの関連記事を書かせて、コミュニティーへの浸透をはかります。

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 ヒラリーは大統領夫人を二期もやっ
 てますから、色々と得。過去の外遊
 であちこち訪問してますから、エスニ
 ックグループ向けの広報で彼等の祖
 国と友好姿勢をアピールする公式発
 言、写真などの資料がごっそりあり
 ます。また、アメリカは有力大使は
 政治任命ですから民主党政権であ
 ればその息がかかる。各国に在任
 中の大使夫人も全世界から応援し
 てくれます。

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<日系人について>
民主党のニューヨークの選挙では、日系が排除されてきたのですが、私は日本人としてなんとか日系を入れようとしました。日系は数の少なさもさることながら、エスニック集団としてのまとまりに欠ける。旧敵国系として戦争のわだかまりがありますから、他のアジア系に比べて日系であることを誇示しにくいし、政治に関与したがらない。独自のエスニックメディアを擁していませんし、公共団体の上級職に日系は少ない。中国系なんかだと労働組合などの上級職を占めていて、すごいネットワークを誇っている。また、まとまった日系名簿もありませんでした。 ブッシュ政権では運輸長官になった、クリントン政権のノーマン・ミネタ商務長官は日系なわけですが、ミネタ長官をニューヨークにヒラリーの応援に招待する企画を責任者として担当いたしましたが、私はこれを日系を取り込む一つの切っ掛けにしました。ニューヨークの民主党キャンペーンの歴史としても、過去初めてまとまった数の日系が政治的イベントに集まり画期的イベントとなりました。

<コミュニケーション>
アウトリーチで困難だったのは文化摩擦。新移民は英語がしゃべれないので広報やビラを各言語に翻訳します。ヒンズー語、ウルドゥー語、中国語と。選挙があるということを知らない市民が沢山いる。選挙とは何か、どうやって投票するか、懇切丁寧に教えてまわるわけです。しかし、そんなことまでして移民に媚びる必要があるのかと疑問視するスタッフもいる。そこを説得して予算を取る。組織内の根回しも大変なものです。 

ヒラリーの選挙の2つ目はコミニケーション戦略ですが、コミュニケーション専門スタッフもエスニックな多様性を意識して、専属スピーチライターとコミュニケーションズ・ディレクターに中国系の女性をもってきた。コミニケーション政策で揺れたのはヒラリーの専門性をどこまで出して行くかですが、弁護士として優秀であることはともすれば視野の狭いイメージにつながってしまう。政治家としての広がりをどう出したらいいか。ヒラリーは子供の権利が専門の弁護士ですから、逆にこれを強調することで子供を大切にする母親のイメージへの脱皮を目指して成功した。ここで大きな役目を果たしたのが選挙戦についてまわっていた一人娘のチェルシーです。それから、Eポリテックスというインターネットの選挙活用、ボランティアの効率的利用にもヒラリー陣営はある工夫をほどこしました。

大変だったのはスタッフ間のコミュニケーション。百何十人いるスタッフ同士は赤の他人で、同僚意識を育むには規模も大きすぎるし、時間も短い。それからロジスティクス。私は日本の外務省の緻密なロジをシカゴで体験したことがあったので、それに比べるとどうしてもいい加減な印象は否めない。閣僚をイベントに呼んで記者会見するのに下見も打ち合わせもなしで、ぶっつけ本番で私一人でマネージしなければならない。陣営内の指揮系統の主導権の問題、組織間の連絡の問題。コーディネーテッド型の選挙組織ですし、単一の組織だけでイベントの全責任を持てない。

ヒラリーの場合、候補者が大統領夫人である以上、「ボス」の身元はホワイトハウスにある。スケジュールの許可から、選挙活動のプランまでホワイトハウス側に知らせて、承認を取らなくてはならない。大統領夫人としての公務日程、警備上の約束事、交通手段など、選挙活動にはあらゆる制約がかかる。ホワイトハウス、シークレットサービス、その他出先の協力機関、ニューヨーク市警やホテルなど、との相互の一糸乱れぬチームワークがキャンペーンイベント成功の鍵ですがが、電話での打ち合わせが精一杯でこれがなかなか大変でした。

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質問2:今日は内部の話しを聞けて大変勉強になりました。渡辺さんは、政治家ヒラリーをどう見ますか?

渡辺:方向性次第ではないでしょうか。一つのアピールの仕方は専門に絞った立法ですね。過去に叩き潰された医療保険なり、自分の専門の教育や子供の問題。ただ、大統領を狙うとなると、立法実績もさることながら、キャピトルヒルの中での横の浸透度が物を言う。あまりゴリ押ししないで、「ヒラリーは意外と柔和になったなあ」というイメージが民主党内で作れるか。私はその中間あたりかなと読んでます。

質問1:後援会名簿を前任者から譲り受けないというのはすごく 非効率 な気がするのですが、その辺はどうなのでしょうか?

渡辺:まず日本と違うのは地方議員が選挙応援をあまりしない。 日本ほど政党でのつながりがない。アメリカにはたった二つしか主な政党はないわけですが、議員個人の政治思想の柱は実際かなりバラバラ。ヒラリーの前任のモイニハン上院議員は、ネオ・コンサーバティブという民主党内の新保守系ですから、ヒラリーを支持している急進リベラル系の人達とは支持層が若干合わない。興味深いのは、選挙結果ですが、落選したゴアのニューヨーク州得票とヒラリーの票のデータを比較すると、ユダヤ系層と女性層に、ゴアには入れたがヒラリーには入れなかったという有権者がかなりいたことが読み取れる。女性票が伸び悩んだのはともかく、 本来、民主党系であるはずのユダヤ票を、43%も共和党の対抗馬に奪われているのは厳しい。ただ、ヒラリーが中絶の権利支持を表明していたにもかかわらず、中絶反対派のカソリック票が安定的に獲得できた。このように、リベラル系市民だからといって民主党 の政治家に入れるとは限らず、アメリカでは名簿作成も支持層固めも政党というよりは政治家個人でやるものだという感じです。

質問3:アメリカのキャンペーンで日本に使える技術は何かありますか?

渡辺:一つあるとすれば、都市部でのアウトリーチ・プロセスの見直しと強化。アメリカに比べれば日本は、文化的、宗教的な多様性は少ないですが、最近日本でも価値観の多様化は著しい。増加する外国人の移住者・帰化者。首都圏の新興住宅地での地主層と他所から入ってくるサラリーマン層との意識ギャップ。若者層と高齢者。たとえば私は東京郊外の八王子市出身ですが、織物産業、農家などの伝統的な風土に加えて、新しい住民の流入が南部を中心に激しいベッドタウンで、特にそういっったことを感じます。特殊団体から推薦を取って、産業別組織や宗教団体からガバっと票をもらってくる従来の日本方式に加えて、選挙区の中の個別の有権者層の政治への要求や傾向を、時期別、所得別、バックグラウンド別にリサーチしておいて、組織票獲得を個別アウトリーチに融合してきめ細やかにやっていく体制が、日本の選挙戦での実行部隊である秘書さん方々に求められていくような気もいたします。

よく日本でアメリカの選挙のイメージと言えば、インターネット利用、テレビ・ディベート、スピン・コントロールというメディア世論操作などの「空中戦」の華やかな部分ですが、私はアメリカの選挙の真骨頂は、違う所、「地上戦」にこそあると思っています。日本と同じです。選挙区、選挙民との接点こそ鍵。メディア戦略は日本なりのものが生まれてきているし、アメリカ式に「派手」なキャンペーンに変化していくのはある意味時間の問題かもしれない。それが日本に政治や有権者にとって良いことなのかは、私はノーコメントとさせていただきます。ただ、私はアメリカの多元社会で開発されたアウトリーチ戦略には学ぶものがあると思いますし、選挙民の多様な要求を吸い上げる意味でもためになる。今まで、まったく注目されてきませんでしたが。

私は日本の選挙もお手伝いさせていただいたことがあるのでよく分るのですが、一番土地勘があって地元のことに詳しいのは政治家の秘書さん。彼等の底力を無視しては日本の選挙は成り立たない。そこに、アメリカ型のシステマティックなアウトリーチ戦略をどうミックスさせていくか。そういう発想。選挙マーケティングということで、日本の大手広告代理店やコンサルタント会社も興味を示している様です。面白いことになるかもしれません。

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質問4:アウトリーチは戸別訪問とか地味な活動ですよね?

渡辺:私はヘッドクォーターという陣営本部に朝から晩まで休日返上で入っていましたが、外にはあまり出ないで戦略をやらされて、一種のリモート・コントロール、遠隔操作です。フィールドで個別訪問をしたりするのは、ボランティアの方々。しかし、ボランティアの使い方は難しい。ボランティア選挙と言えば聞こえはいいですが、お金で契約結んでいないので縛れないし叱れない。飽きたら出てこなくなる。日本の選挙でアルバイトを多用するのは、労働力の管理としては理にかなっているかもしれません。

質問5:アメリカの有権者が投票する判断基準は何なのか?日本の場合だと人間関係でつながってて頼まれたからとかありますが、アメリカの場合、個人の利害ですか?

渡辺:個人の利害や信念が大きい。元々、組織に入る時、組合や教会に入る時の動機が自分の一番大切な政策争点と重なる。表面的には、組合票、消費者団体票、ライフル協会票、とありますが、組織への入会の動機をピンポイントで探っていくと個人の利害がもろに出てくる。そこを突くのがアウトリーチ。日本だと、医師会、税理士会、特定郵便局会などの産業別組織の名簿が基本ですが、職業は政治的に個人が大切としている信条と必ずしも関係ないので、アメリカでは票に直結しない。

質問6:外交や国際政治は票にならないし、選挙に関係ないと言い古されていて、私もそう信じ込んでいたのですが、今回の渡辺さんのお話を聞いて、移民の多い都市部ではその限りではないのだと学びました。特定の民族への利益を強調するのはどんな形で?

渡辺:よくあるのは移民政策。不法移民にもフード・スタンプを出してあげたり、公立学校に税金で行かせてあげるかで、賛否が出る。ヒラリーはその辺は慎重。不法移民を追い出すとも言わないですし、移民援助の場合は、「合法移民の皆さんの権利を守る」と「合法移民の保護」を強調して納税者に配慮します。中国への最恵国待遇も、アジアでの米軍のプレゼンスも、アジア系のタウン・ミーティングではバンバン質問に出ますが、陣営としては外交全般には個別に対処する形ですね。

 

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