PRANJワークショップ記録

愛知和男氏 「日本社会・政治が直面する危機と挑戦」
2001年3月7日 CSIS戦略国際問題研究所 (ワシントンDC)

今日私がお話させていただくのは、私は23年半代議士をやりましたが、政治家というものは頭脳労働ではなく、肉体労働なものです。あまりここにおいでの皆さんのようなシンクタンクなど、どちらかというと頭脳労働をしていらっしゃる方々に、どういう話しをしていいか分かりません。あまり偉そうにいっても仕方ありませんので、私の23年半の体験をもとに若干話しをさせていただいて、日本の社会・政治の現状へ問題提起をさせていただきたいと思っております。

したがいまして、講演の表題とは若干異なってしまうかもしれませんがお許し下さい。まずだいぶ前から日本はいわゆる政治主導にならない、つまり官僚主導でなかなか政治主導にならないということがいわれて久しいです。私も代議士を23年半やって、自分でいうのもなんですが「そうだな」と思います。どこにこの原因があるのか、いろいろ原因はあると思うのですが、私はとどのつまり一番大きな原因は予算編成のしくみにあるのではないかと思えてならないのです。日本の予算編成はどういうことをもとにしてやっているのかといいますと、今の日本の憲法86条に、「内閣は毎会計年度ごとの予算を作成し、国会に提出しその審議を受け、議決を得なければならない」という規定があります。この規定に基づいて予算編成作業がなされるわけですが、「内閣は毎会計年度ごとの予算を作成し」というところが問題でして、毎会計年度ごとの予算ということはすなわち単年度主義ということですね。ですから一年ごとに予算を作るということですから、繰越予算ということは一応認められないことになっています。したがって三月末の会計年度の最後になると、そこらへんじゅうの道路が掘り返されたりすることがおきるようなことになります。予算を使い切ってしまわなければならない。これも変な話ですけど、予算をもらったところが余してしまいますと、それを余して返してもいけないことはないんですけど、その次の年度の予算のときにそれが響きますので、使ってしまうわけです。そのようなことで毎会計年度というのがひとつ問題なのですが、この点については本日はこれ以上申し上げません。

問題は、この規定に基づいて内閣が国会に国の予算を提出して国会で審議をうけて議決をするということは、逆にいいますと、国の予算の提出権というのは内閣にしかないということです。したがって内閣が全部予算案を作って国会に出して審議をするということになります。そこで具体的にどういうことに現れるといいますと、例えば議員が議員立法を致します。日本は議員立法ができることにはなっていまが、なかなかアメリカのように簡単ではない。でも簡単ではないけど、やれることはやれるわけです。ところが、この議員立法を仮にやったとして、その法律の内容が予算を伴った法律であった場合はどうなるか。これは「絵に描いた餅」になってしまうわけです。その法律ができても内閣がその法案を国会に提出しなければ、これは全然だめですね。したいまして、議員立法などとはいいましても結局のところ予算を伴わない法律ならば議員立法でも意味がないわけではないです。

しかし、政策というものは基本的には大体予算が伴うものでありまして、その予算を伴う予算を議員が国会に提出したとしても、それについて予算がつかないということがありうるわけです。ここがかなり大きな問題点だろうと思います。大体予算をそういう形で内閣が出して、国会がこれを審議して、これを通す。そこで若干やりとりがあって、修正をするということがないわけではないですけど、基本的には原案通りに通るということになります。これは議院内閣制ですから、多数の党派が内閣を形成するということですから、基本的にはその内閣が作った法律というのは国会では多数を持っているはずですから、修正なしで通るというのが基本です。その予算が通りますと、その予算を執行するための法律を作らなくてはならない。その法律を作る作業は誰がやるといいますと、それぞれの役所、すなわち官僚がやるわけです。行政府が法律案を書く作業からやるわけです。したがって行政府といいながらそのやっている仕事の大変大きな部分が立法作業なんです。ですから行政と立法がごちゃごちゃになっているわけです。司法・行政・立法なとどいう三権分立みたいなことを言いますが、ここの部分ではごちゃごちゃになっていまして、むしろ立法作業を行政府がやっているわけですから、どっちが主導権を持っているといいますと、行政が主導権を持っています。だから行政がその法律案をつくって、すなわち内閣提出というかたちで国会に出すということになります。その間で与党たる自民党(現在は連立ですが)とのやり取りがあるのはあるんですが、そこで与党がどういう形でリーダーシップを発揮するかというと、なかなかリーダーシップを発揮する余地というのが少ないといわざるをえない。途中でいろいろ茶々を入れるということもないわけではない。でも、それも実施の時期をずらすという程度で、なかなか政治主導にならない。私はこれが日本の政治・行政全体のなかでどうしても官僚主導になってしまう最大の原因、根本的な原因ではないかと思います。

これは憲法の規定ですから、これを変えることになると大変なわけですが、これを変えないと本当の政治主導にすることはできない。政治主導というのは結局選挙で選ばれる議員が主導していくということ、つまりそれは言ってみれば民主主義ということです。その民主主義というのをもっと成熟させるということ、国民の声を国の政策という形で反映させていくということ、そういうことを達成させるためにはこの規定を変えないと、なかなか実際問題難しいのではないかと思います。アメリカのしくみというのは皆さんのほうがご存知ではないかと思うのですが、私の聞いたところによりますと、大統領府が歳出歳入の枠組みを出して、それを議会で議決する、すなわち、どれくらい支出をするという上限だけをきめてそれを具体的な予算にするには13本の法律の形で議会が自らその中身をきめていくしくみだそうです。これはまさに議会がきめるわけですから、これが本当の民主主義が機能していうことで、日本とは大きく異なっているところではないでしょうか。

この間予算委員会の上院のスタッフをやっている中林さんというかたにお話を伺ったらとにかくもう議会、ホワイトハウスとのやりとりで大変で、日本みたいに議員内閣制の方が良いという声が時々聞こえるとおっしゃっていました。それはそれで大変なところもあるのでしょうが、民主主義というのは手間がかかるものでありまして、そう点でアメリカのこのような制度の方が良いような気がしてなりません。

それが基本的な問題なのですが、ちょっと具体的なことになりますと、従来予算の編成作業のときに政治が介入することも制度上はあります。具体的には予算編成作業というのは時間をかけて8月の末に各役所が大蔵省(現在は財務省ですが)に要求をだして、それを大蔵省が査定をし、12月に予算をその間いろいろとやり取りをしながらきめる。12月に予算編成するときにいろんな折衝があって、最後に閣僚折衝というのがあります。それで主な予算の配分等、政策が決まるという仕組みになっています。私は父が代議士になる前にちょっと手伝いをしていたことがあります。彼は大蔵大臣を最後にやっていまして、在職中に亡くなってしまったのですが、今から267年前になりますか、田中内閣の大蔵大臣をやって、その予算編成作業の際、僕は大蔵大臣の秘書官と称して大蔵大臣室におりまして予算の編成を見ていたわけです。大蔵大臣室という部屋がありましてその一番奥に丸い椅子がありまして、そこに大蔵大臣とそれから自民党の政務調査会長と主計局長と座ってそこへ担当の大臣が最後の閣僚折衝のためにひとりずつ呼ばれるわけです。そこに自民党の政調会長がいるわけですから与党自民党が全然関係ないところで決まるわけではないのです。最後にそこで決まるときには立会いする人がみんなでサインをしたりして最後にきめます。それはそれとしまして、私が親父のことをそばで見ておりましたときには予算編成作業というのは最後の閣僚折衝だけでも三日間ぐらいありました。閣僚が大蔵大臣の部屋にやってくるときには役人がついてきてはいけないということで、ひとりで入らなければならない。そういう規定になっていました。そして肝心なことでまだ決まっていないところを最後の閣僚折衝できめるという場面がありました。大臣が中に入ってきて、それがまだジュニアの大臣などですと自分ひとりではきめられなくて、外には別の部屋に自民党の族議員といいましょうか応援団が大勢待ち構えていて、そこへ相談にいってそれで戻ってきたりして、時にはその日のうちには決まらなくてですね、また次の日になったりというような場面を僕は目の当たりにしました。

そのときのジュニアの大臣は鮮明に覚えています。でも、これを言うとあんまりあれですから言いませんが、一方きちっと根回しをしてくる大臣は一発で決めてしまう場合もあるわけです。それで私は父によくいわれたものです。「よくみてたか。政治というのはこういうものなんだ。こういうもので政治力の違いがよくわかるだ」とよく聞かされたことを鮮明に覚えています。とにかくそういうことで政治の出番がないわけではなかった。ところが最近、私が大臣を2回やらせていただきました。2回とも予算編成をやったわけです。ところが今やもう3日間も閣僚折衝に使うことはありません。せいぜい10分か15分ですね。しかも、このシナリオが全部できていまして、それが書いてある紙をもってはいるんです。そして大蔵大臣の発言、こちらの方の発言、と決まっていまして、それで一番大臣の顔を立てなきゃいけないということで役人の間で「これは大臣折衝」という形で残しておくものがあるわけです。折衝といっても本当の折衝ではなく、そのようにシナリオができているわけです。それであっという間に終わってしまうわけですね。それで時間を15分なら15分ととってあるわけですから、早く終わって外へ出ていっちゃいとみっともないですから、後は雑談していたりするのです。これが現状の姿です。ですから従来私の父がやっていた頃と比べて政治主導というのはかえってうんと少なくなってしまっているというのが実感です。これにはいくつかの理由があるわけですが、ひとつの大きな理由としては、国の予算のうち政策経費というのが、国家予算のなかで非常に少なくなってきてしまっていることがあります。もう決まってしまっているものが非常に多いというわけです。一番多いのは国債費でしょうけど、福祉などももう決まってしまっていて、そのときの政策的な判断などで動かせない費用が非常に多くなってきてしまっている。したがいまして予算の編成というものは今は全く官僚ペースです。以前よりその傾向が強くなってきてしまった。実態としては政治主導というものはかえって後退してしまっているというのが私の印象です。これをどうしたら変えられるかということは簡単ではありませんが、さっきの憲法の話もそうですが、今の実際の政策経費が少なくなってしまっているというのは財政再建の話しで財政をこれからどのように再建していくかということで時間がかかると思うのです。しかし、政策経費という部分、すなわちパイが多くないとですね実際に政治の判断ができなくなってしまう。これは財政再建の話に関係することで、それは再建ができなければ今のような状態がこれからもずっと続くだろうと思います。

すこし話が飛びますが、今の政策的経費予算が少なくなってきてしまっているという話から、与党の政治家の働き場所というのが従来は予算をどういう風に余計ぶんどって地元のためにそれを還元するのかというのが政治家としての大きな役割だったのですが、なかなかそれができなくなってしまった。したがって与党の代議士が予算ということで点数を稼ぐというのがだんだんできなくなってしまいまして、そこでしばらく前からですけど、与党議員の稼ぎ場所というのが税制調査会のほうへ移りまして、税制で一所懸命稼ぐというのがいまでも続いているわけです。税制というのは地域という話ではなく業界の話になるわけです。租税特別措置法というのがあって、特別税制で税金をなんぼまけるとかどういうように特別措置法の範囲のなかでものすごく頑張るわけです。そういうのがずっと続いてきています。税制がそういう大衆政党にいおいて議論される、すなわち税制の議論が大衆討議的なものに税制をさらすに対しては疑問があると税制の専門家たちがいます。税制というのは非常に整合性が大事で、例えばイギリスなどでも税制をきめるというのは大蔵大臣を始めほんの数人で決定し、最後まで一般大衆、及び他の政治家の議論にも付さないようです。原則的には「オール・オア・ナッシング」となり途中で方向を修正することはできないということです。現実もそういうものかもしれません。しかしながら現在日本では税制でもって政治家が点数を稼いでいるという傾向がありまして、したがって整合性が取れていないということが日本の税制にあるということが指摘されております。

それからもうひとつ行政指導になっているのは、憲法65条では行政権は内閣に属する、となっています。しかし、その行政権というものが何に基づくものであるかというのはどこにも書いていない。そもそも行政権というのは法律に基づいて行使されるはずなのですが、そういうものがどこにも書いていないものですから、その内閣たる行政府が行政指導という名のもとに実際法律にない行政権を行使していることがかなりあるんではないかと思います。これも行政主導になっている日本の姿をあらわしているのだと思います。

私はこのことを強く痛感したのは、水俣病の訴訟で行政責任を問うというのが裁判のひとつの課題だった時です。しかし行政側は水俣病が発生したときにそれを取り締まる法律がなかった、だから行政権がそもそもないんだから、行政権を問うといわれても困る。行政責任を問うという判決がでるといろんなところに影響が出てきてしまうということで行政側は反対していたわけです。私もなるほどそうかな、と思ったのですが実際は法律がないにもかかわらず行政が行政権を行使しているという場合がけっこうあるのではないかという感じがします。それがものすごく行政主体の日本の姿になっているのではないかと思います。これも行政というのは法律に基づいてやるのだということを憲法の規定に明記するか、普段も日常活動のなかで市民がそれを干渉するなどしていって解決していくしかないのだと思います。

私が体験したことをいくつか申し上げましたが、基本的には日本社会というものはずっと開国以来、先進諸国に追いつけ追い越せということでずっと推移をしてきました。その追いつけ追い越せという国家目標を達成するためにまずは日本は教育の面で帝国大学などを作ってそこで人材を養成し、それを中央官庁に集めた。そして追いつけ追い越せというモデルがありましたから、そのモデルを勉強させそれを実現させるためにはどうしたらいいかというシナリオをそのような人に作らせて、それを実行するというプロセスをずっと追ってきたわけです。追いつけ追い越せをいうモデルがあった時代は、それでよかったかもしれない。それが今どうなってしまったというと、いうまでもなく「追いついてしまった」ということです。ただ切り口がいろいろあって追いついていないところもいろいろあると思いますが、全体としては追いついてしまったということがいえると思います。今国として一番問題なのは国家目標を何にしたらよいのか、そこで生きている国民は何を目指して日ごろの努力をしたらいいのかということがわからなくなってしまっているということです。ですから国家目標は大袈裟な目標というものは「追いつけ追い越せ」というものでなくてもいいのですが、何か国としてこういうことを目指した国家だということが何かないといけない。これを誰が作るかといいますと官僚が作るということはもちろんなく、やはり民主主義国家である限りそれは国民がつくるということであると思います。つまり常に政治家と国民の間のやり取りのなかで、どういう国を目指すのかという議論がなされていないと国として何がなんだかわからなくなって漂ってしまう。今まさにそういうときなんだと思います。本当はとっくの昔にこういう状態から抜け出さなければいけなかったのですが、抜け出ていない、これが強い印象であります。

いよいよ遅いかもしれないけど、なんとか一日も早くこういう今の体制を変えて民主主義国家としての成熟をして行く道に入らないと、国としていつまでも漂っているようなことになってしまって日本の国内もともかく、世界の中でも日本の存在というのがますます影が薄いもの担ってしまうと思います。

すこし長くなりましたが、以上私の体験談、問題提起を申し上げました。後はご質問、ご意見などをお聞かせ下さい。ありがとうございました。

 

 

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文責 山岸敬和氏 (ありがとうございました)