PRANJワークショップ記録 その1

    「9月11日以後の日本の課題:民主国家の治安,防衛,安保政策」
   CSIS 戦略国際問題研究所 日本部 主任研究員 渡部恒雄氏,
   九州大学 法学部 助教授 豊永郁子氏

2001年11月15日 CSIS戦略国際問題研究所 (ワシントンDC)

 

  CSIS 戦略国際問題研究所
  主任研究員 渡部恒雄氏


村上(司会):今回は
PRANJのメンバーである渡部恒雄さんと豊永郁子さんにお話をして頂きます。渡部さんは元々歯科医でいらっしゃったのですが、ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチで政治学の修士号を取得されまして、その後、CSIS戦略国際問題研究所に勤められ、現在日本部主任研究員でいらっしゃいます。主に日本の政治・外交政策・日米関係全般、また安全保障について研究されています。1997年11月に、『シビルミリタリー関係の向上で空気支配を防げ』で読売論壇新人賞佳作入選されました。これは非常に読みやすいので、皆様も機会がありましたら是非お読み下さい。豊永さんもPRANJに参加されていまして、現在九州大学法学部の助教授でいらっしゃいます。今回たまたまワシントンにいらっしゃる機会がありましたので、コメンテーターとしての参加をお願い致しました。東京大学法学部を卒業された後、助手、専任講師を経て、ケンブリッジ大学社会政治学部に留学され、その後ジョージタウン大学にもいらっしゃって、「サッチャリズムの世紀」でサントリー学芸賞を受賞されました。テレビ等でご覧になったことのある方もいらっしゃるかもしれませんが、解説員等色々な所で活躍されていらっしゃいます。
 

渡部PRANJは今、村上龍さんが編集されていますJMMというメールマガジンを通じて、週に一度情報を発信しています。あのテロ事件以降、そのテーマについての記事に対する要望が強く、私もずっと書かせて頂いているのですけれども、切れ切れになってしまうのでどこかでまとめた方がいいと思っていました。実はお渡しした『財界ふくしま』という雑誌の記事がそれで、JMMでこれまで書いたことを分かりやすくまとめたものです。今日お話することはそれプラス、大きなテーマ、日本の今後の課題についてです。

具体的な話というよりは、もう少し抽象的というか、政策や政治の議論のあり方についてお話をするつもりです。というのも、実際問題としてテロ以降日本が何をすべきかということについては色々と課題は出ていますが、実現には時間がかかると思うのです。それは日本が国家としてやってこなかった宿題があまりにも多いからです。特に安全保障、治安の問題に関して。そして、なぜ宿題をやってこなかったかという話と関係してくるのです。簡単に結論を言ってしまえば、これまで自由とか民主主義ということを考えていた人は、あまり治安とか安全保障のことを一生懸命考えてこなかった。逆に、治安・安全保障ということを考えていた人は、民主主義とかシビル・リバティーということをあまり考えてこなかった。ですから両方からのディスカッションがずっとあった民主社会に比べると、そこが弱いような気がします。従って、日本はこれまであまり馴染みのなかった議論に突入すると思うので、そのために、例えば豊永さんのように日本で政治学を教えている人はどうしたらいいか、政治家はどうすべきか、また日本は政策コミュニティと呼ばれる部分が非常に弱いのですけれども、そういう所がどういう話をしたらいいか、という問題提起のようなことをさせて頂きたいというわけです。

 今回のテロによって日本は相当新しいことをやらなければならなくなったわけですが、一つはテロ対策法案の中で、後方支援のために初めて自衛隊を日本の「周辺地域」よりも外に送ることになった。これは一つの大きな変化ですが、細かいことはこの間民主党の須川さんが話されましたので、今日はこれについては論じません。どちらかと言うと、今日本の中でぽっかり欠けてしまっている議論というのは、国内の治安の問題だと思うのです。今回の、多国籍軍或いは米軍に対する後方支援というのは、日本の政治の中では速く進んだ方なのです。

その原動力は湾岸戦争の教訓で、「あの時失敗したから何とかしなければ、面目を保とう」という意識も強かったと思います。私は、それはそれで結果的にはよかったと思うのですが、本当に考えなければならないことというのは、「今回なぜ対テロに協力するのか」ということです。それは自国の安全、世界の秩序のためであるはずですが、面目というものよりは、自国の国益のため、或いは自国の市民を守るためなのだという意識が弱いように感じます。その弱さが何処に出ているかというと、国内の治安維持対策の弱さです。具体的にどういうところが弱いかと言いますと、リベラル派の人はあまり好きでないかもしれないけれども、いわゆる「有事法制」という言葉がありますね。つまり、何か緊急事態が起きた時に国家がどう対処するか、個人の自由がある程度制限されなければならない状況になった時にどのような形で制限するのか、そして緊急事態が去った際に速やかに元に戻れるような弾力性を持つにはどうしたらいいか、こういう部分がすっぽり抜けているのです。有事法制というのは、実は日本ではゼロなのです。

なぜこういう準備をしておかないとまずいかという理由は色々とあります。今アメリカが炭疽菌によるバイオテロのために大騒ぎになっていますけれども、実はこのCSISと他の団体が、”Dark Winter”というタイトルで、5月にバイオテロのシミュレーションをしました。CSISのホームページ(http://www.csis.org )を見て頂ければ詳しいことが載っています。内容は、テロリストが天然痘の菌を撒いたという設定で、それがどんどん広がっていく中で、連邦政府、州政府、FBICIAがどう対処するかというものでした。

 問題は、炭疽菌と違って、天然痘は人から人に感染するということです。炭疽菌は全く感染しないわけではないですが、確率は非常に低い。けれど伝染性がある場合、被害を最小限に抑えるためには人の移動を制限しなくてはならない。それから、今日本でもワクチンの準備という話も出ていますけれども、ワクチンが必ずしも全員に行き渡らない場合にどう分配するのかという問題もあります。ワクチンを求めて暴動が起きたりもするわけです。そういうことにどう対処するのか。このシミュレーションの結果としては、もちろん簡単な答えはないのですが、まず連邦政府と州政府の権限のあり方、或いはどういう段階でどういう風に力を振るったらいいのかが非常に分かりにくいということが明らかになった。そして道徳的な問題が常にあるわけです。つまり、例えばワクチンをめぐって暴動が起こった時に、それを鎮圧するためにどれくらいまで武力行使すればいいのか。こういったことは非常に難しい問題です。ですから、このシミュレーションをした人間に言わせれば、そのように考えさせられる問題、つまり準備していない問題が山積みだというのが正直なところなのです。これは9月11日以前に関係者が議会でも証言しています。興味のある方は議会のホームページやCSISのホームページで見てみて下さい。

 このシミュレーション自体に関して思ったことは、アメリカはいざと言う時に個人の自由をある程度制限して、同時に法的な手段で緊急事態の問題を解決し、それをまたある時期が来たら戻す、というシステムを持っているということ。実はアメリカだけでなく、普通の、というのは定義が難しいですけれども、いわゆる「普通の」民主国家ではある程度法的準備がなされている。ところが日本はそういうものが全くないのです。なぜないのか。原因は55年体制における根本的な政治対立、と言ってしまえば簡単なのですけれども、要するに今まで政府や与党がそういう有事法制をやろうと思っても、野党は絶対反対してきたのです。もちろんその理由は分かるのです。一つには、治安維持法という非常に問題のある法律が1925年にできて、それが悪用されて日本がコントロール不能になり戦争に突入していったという記憶があるわけです。ところが、この治安維持法の何が実際に問題だったかということを分かっている日本人がどれくらいいるかというと、意外と怪しいと思います。 

実は似たような問題を今アメリカの議会が議論していますが、治安維持法の一番の問題点というのは、治安維持のために問題があると思われる人、あの時は特に共産主義者だったわけですけれども、そういう人達を拘束した際に、法的手続なしに自由に拘束する時間を延ばせたという点です。ですから昔の左翼・極右の運動家等で、治安維持法によって10年獄中にいたというような人がいるわけです。きちんとした裁判の手続きがほとんどなかったと思います。今アメリカでも、テロリストの疑いをかけられている1000人くらいの人達が、一体どういう法的根拠で拘束されていていつ解放されるのか非常に不透明なので問題になっています。ただアメリカの場合は、こういったことが非常に大きな問題となって議会が動いていますし、メディアも報じている。けれど、もし同じような状況が日本で起きた時にどれくらい対応できるか、これは非常に心配な点です。
 

 

もう一つは、55年体制下においては、そういう心配がありすぎるために基本的な法律を作ることをずっと拒否してきたということです。これはこれで問題なのです。有事法制は、国内テロだけでなく、戦争や侵略行為が起きた時の準備に関わる。実は興味深い事件があって、それは先ほど村上さんが紹介して下さった『シビルミリタリー関係の向上で空気支配を防げ』という論文を書いた時の一番のターゲットで、おそらく私のライフワークになると思うのですが、日本の国会で起きた、シビリアン・コントロールの問題に関するものです。これは三矢研究というもので、研究自体は1963年にあって、政治問題化したのは1965年でしたが、これも意外と忘れられてしまっている。どういう事件かというと、自衛隊の統幕会議事務局、自衛隊の中の戦略を考える所ですが、これが朝鮮半島をめぐる有事立法の研究を行ったのです。その2年後に衆議院の予算委員会で、社会党の岡田春夫衆議院議員、この人は「おかっぱる」と言われて平和のために命を賭けた政治家というので有名でしたが、この人が暴露した。そして、「これは自衛隊の政治への介入じゃないか、シビリアンコントロールを侵すものではないか」と言って国会を止めたのです。
 

 大分まともになってきた今の日本の状況から考えると、なんでそんなことが問題になるのかという感じがしますけれども、当時の日本の雰囲気というのは、まず60年安保で騒然としていましたし、戦争の記憶というのも人々の心に強く残っていましたし、この問題が非常に国内の反感を買って、「自衛隊は何をやっているんだ」また「政府は何をやっているんだ」ということになったわけです。そして予算委員会が止まった。日本の国会を見ていれば分かりますけれど、予算委員会を人質に取るのが一番効力がありますから、この止まった予算委員会をどう動かすかということで与野党の交渉があるわけです。結局最終決着としては、「今後シビリアンコントロールの原則を強化します」ということを言って、ある程度収まった。

なぜこれが問題かというと、「これはシビリアンコントロールを侵すものでない」とそういうふうに考えることはできますし、もちろん政府側はそう言っていましたけれど、でも議論は全く深まらなかったのです。なぜかと言うと、その時社会党は「自衛隊は憲法違反だ」と言っていたわけで、シビリアンコントロールを徹底して、例えば国会がコントロールする中でそういう研究を行う、というようなことを「よし」としなかったのです。結局自衛隊というものを認めてしまえば、社会党の基本的な党是とずれてしまうためにそういうことはできなかったわけです。とりあえず文句を言って止めるのが関の山だった。ですから、例えば市民の権利と防衛のあり方、ということをあまり本気で考えてしまうと彼らは困ってしまうわけです。それから、自民党側がこの問題を本気で突っ込む気があまりなかった。というのは、当時の自民党の優先課題というのは安全保障ではなかったからです。どちらかと言うと、60年安保で人心が自民党から離れてきているところを繋ぎ止めるために、例えば所得倍増計画で経済に向けたり、まだまだ野党の政権奪取に対する恐怖感があって、自分たちの党の人気のためにはそういうものは犠牲にしなくてはならないと考えていたのです。というわけで、この三矢事件というのはなんともあいまいな形で答えの出ないまま終わってしまうわけです。

 ただ、この事件が有事法制というものをタブー視する傾向を作ったのは間違いないですね。これ以降、そういうことをやり出すと野党が止めるというのが定例化しました。例えば1978年、ですからほぼ10年以上経った後に、栗栖統幕議長の辞任事件というのが起こりました。統幕議長というのは自衛隊の制服組の一番トップですが、この人が週刊誌でざっくばらんなコメントをして、それが問題だということで記者会見になったのですが、そこで、「今の法律は全く有事に対応していないから、緊急事態が起きたら結局は自衛隊は超法規的措置を取らざるを得ない」と言ったのです。これは当然の事実です。実はこの状態、今の日本でも変わっていないのですが、これを言っただけで野党が騒然となった。野党が騒ぐと自民党も困るわけです。実は1976年の選挙で自民党は247議席で過半数割れとなり、与野党の力が伯仲していまして、国会対策がものすごくやりにくかったのですけれども、この時の防衛庁長官が誰かといえば、これが有名な金丸信だったのです。この人は国対のプロですから、野党側の気持ちを先取りして、「栗栖はけしからん」ということで叱責し更迭します。いちおうその際に、福田首相は防衛庁に有事立法の研究を指示はしますが、しかし、政治的にこういうことがあると自民党側も、もう有事法制なんて言えなくなってしまいますよね。そしてますますこういう話は遠のいて行ってしまった。 

興味深いのは、その社会党自体が、1993年に55年体制が終わって初めてできた非自民の政権に閣僚として参加したことです。1993年の細川政権に、伊藤茂さんという社会党の大物が運輸大臣として入りましたが、皮肉なことに、翌1994年に北朝鮮の核疑惑と核危機が起こるのです。これは色々な関係文書を読めば分かるのですけれど、一般の日本人が思っているよりものすごく危険な状態、一歩間違えば戦争が起こる手前まで行っていたことは間違いないのですが、そのような状況に対応するための手段があまりにも限られていた。まず法的整備が少ない。また運輸大臣というのは、例えばもし日本が侵略された場合に自衛隊を動かすために、単純に言えば信号を止めて戦車を通したり、そういうことをしなくてはならないわけですが、そういう所の準備が全くできていなかった。それから、日米安保を適用してアメリカの協力を求める場合の手続き、例えば港湾でアメリカの海兵隊等が行動するための準備、といった部分もできていなかった。

そういう時に一番辛いのは運輸大臣なのです。そしてそこに伊藤さんがいた。原彬久教授が、中公新書から『戦後政治の中の日本社会党』という非常にいい本を出されていてこれは絶対お勧めですけれども、この中に伊藤さんのコメントが載せられています。この時伊藤さんはその状況に呆然として、「一体この国はなぜこんなことになっているんだ」と言う。やはり彼は自分で分かっているから、「強力なる万年野党の社会党がいて、憲法議論で何もすることができなかったからなのか」と。多分伊藤さんにとっては非常に大きな驚きだったと思うのです。それからさらに悲劇は続きまして、今度は社会党の委員長の村山さんが総理大臣をしている時に関西の大地震が起こります。この時も準備ができていないので非常に唖然とすることになるわけです。この辺りのいきさつが如何にひどかったか、準備がされていなくて、しかも情報が全く伝わらない、そしていかに政府外の発動が遅れたか、ということについては、麻生幾という人が『情報官邸に達せず』という本に詳しく書いていて、新潮社から文庫で出ています。というわけで、政治的問題のために、日本においてはこの問題が非常に空白であったということです。 

そして実は、空白であったということは、もう一度最初の話に戻りますけれども、国家的な防衛とか治安政策ができていなかっただけではないのです。そういうことをやらなかったことによって、もう一つの大切なこと、つまり個人の自由・市民の権利というものをそういう場合にどう保障するのか、というリベラル側にとって大事なことも詰められていなかったわけです。社会党がA級戦犯であると言うことは簡単なのですけれども、そういう意味では、実はこの問題というのは社会党だけの話ではなくて、与党の自民党の話でもあるし、そういう雰囲気を良しとしてきたメディアの話でもあるし、投票行動をとってきた日本人全体の責任でもあると思います。ですからまさに、日本はこのようにやってこなかった宿題についてこれから試されることになる。
 

そしてもう一つそれに関連して足りないことがあって、それはインテリジェンス、情報、国家機密を守ることについてです。どこの国でも国家機密を守るための法律はきちんと整備されていて、大事な国家機密を漏らすとスパイ罪ということになるわけです。実は中曽根政権の時に、メディアで「スパイ防止法」という名で言われましたけれども、機密を守るための法案を通そうと頑張ったのですが、野党もメディアも大反対して流れてしまった。今のところ公務員には機密守秘義務はありますけれど、一般の市民には全くない。また、今回の反テロ法でその公務員の規定の罰則を重くしたのですけれども、国会議員には適用なしなのです。
 

覚えていらっしゃるかと思いますが、田中外務大臣はあのテロ事件が起こった時に、なんと「国務省は今アーリントンに緊急避難しています」と、パウエルから聞いたことをあろうことか言ってしまったのですね。これなどはもうはっきり言って切腹ものです。ただ、法的に言えば彼女には守秘義務はないわけです。罰則規定がないわけですから。けれどもこれも難しい話で、機密を守るという部分をあまり強化しすぎると、今度は、国家側に機密漏洩罪という強力な武器を与えてしまう。それこそ戦前にスパイ容疑で市民の自由を制限したという過去があるわけです。だから皆反対するのです。でもこの準備をしておかないと逆に、どこまでオープンに国家機密というのを議論していけるかという話がないから、結果的には誰も透明性を持たないということになってしまう。

アメリカがそれなりに機能している一番のいい例というのは、議会に選ばれたメンバーがいて、その人たちがセキュリティクリアランスを受けることによって、国民の代表である議会が国家機密にタッチできるようになっているところです。それから、最高裁も機密にタッチできるようになっている。そういうふうに、様々なチェック・アンド・バランスがある。一つの政府だけでなく議会や司法が見て、機密か否かを決めることができる。逆に、例えば外務省の機密費問題で、なぜあんなふうに機密費が勝手に使えたかと言ったらそれは簡単で、政府以外の人間が機密費にタッチできなかったわけですよね。ですから、国家機密をきっちり守るシステムを作ってしまえば、一部が恣意的に機密をコントロールすることもできなくなるというのが道理なんですけれども、その辺りもすっぽり抜けていたのです。今回の外務省の機密費問題に関しても、そういうシステマティックな議論が起きないで、どちらかというと田中真紀子さんが感情的に処罰を断行し、もちろん外務官僚への処罰自体は間違っていないと思いますし、責任を取らせるために人事権を行使するのも悪くないと思うのですけれども、それが先行してそれで話しが止まっているのは問題だと思います。機密費問題の責任を取らせようとしたこと自体は支持していますけれども、いかにも一面的ですよね。もう少しシステマティックに、田中さんが外務大臣を辞めた後でも、そういう問題が再発しないように、という根本的な解決にはなっていないと思います。しかも当の田中さんは重要機密を漏らして責任を取っていないのが、またすごい話なのですが。

 ではこういう問題に対処するためには今後どうしたらよいか、という話でまとめます。一つには、PRANJの趣旨でもありますけれども、『日本にも政策コミュニティを』ということ、これは間違いなく重要な点ですね。ただ、そうは言っても、なかなか民間の中で政策に関する具体的な話を専門にやっていくというのは、実際給料をもらってそれなりの職がなければできない話です。ですからさらにこれを突き詰めれば、なぜ日本に政策コミュニティができなかったかという話になって、それについては最初の方の話に戻るのですが、政権交代がなかったというのが一つの非常に重要な要素だと思います。つまり、政権交代がなかったということは、自民党は自分の所の政策議論は役所に任せておけばよかったわけですから。そして、自民党や政府が「野党というのは何をするか分からない」と考えていた為に、大事な情報も与えなかったわけです。これはいまだに問題になっていて、日本において国会議員に機密が回せないというのは、一つには個人的問題で口が軽いというのもありますけれども、それだけではなくて、よく専門家が言うのは、「共産党をどうするのか」ということです。

共産党というのは、議会主義を認めていない政党ですから、そういう所に回していいのですかということが政府筋の関心になるのですね。それくらい結構難しい話なのです。ですから今日は簡単に話していますけれども、そんなに簡単に答えの出る話ではないのです。ただ今回の反テロ法案で少し日本が前進したと思うのは、野党が「あまり何でも反対するようなことはしません」と言ったということです。ただし、野党があまりに物分りがよすぎて「シビルリバティを全て犠牲にしてもやれ」と言うのでは、逆に社会不安になりますから、バランスの問題ですよね。これについては答えはないですけれども、そういう機能を作り出すしかないと思います。ですから一つには、政権交代できるシステムができるようにするということが大事ですし、またその時に客観的な議論ができるような専門家が育つということが重要だと思います。そこが今後の日本の課題になってくるのではないでしょうか。

 

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文責 木下史子氏 (ありがとうございました)

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