PRANJワークショップ記録 

    「中国脅威論批判」   横浜市立大学教授 矢吹晋氏

2002年4月6日  ワシントンDC

■  講演者
横浜市立大教授 矢吹晋氏

座談会参加者:
渡部恒雄(国際戦略問題研究所 日本部 主任研究員)
上野真城子(アーバン・インスティテュート研究員)
加藤芳洋 (Lepon McCarthy White & Holzworth法律事務所弁護士)
小池政就 (ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院)
平林栄次(経済広報センター)
司会 村上博美 (ESI経済戦略研究所 上級研究員)
 

村上:今回は横浜市立大の矢吹先生に「中国脅威論」批判というお話を伺った後座談会形式で進めたいと思います。まず経歴をご紹介させて頂きますと、福島県出身で東大の経済学部を卒業された後、東洋経済新報社の記者としてお勤めになり、その後アジア経済研究所を経て現在は横浜市立大にて教授をされています。中国の現状について鋭く的確な分析をされ、著作に、「巨大国家中国の行方」、「毛沢東と周恩来」、「天安門事件の真相」、「中国の権力システム−−ポスト江沢民のパワーゲーム」「中国から日本が見える」など多数あります。今年NHKの衛星第一放送の正月版特別番組「激動の世界経済、中国−中産階級が国を変える」という番組のキャスターも務められました。今回はNYに講演にいらっしゃった合間にここワシントンでもお話頂ける事になりました。それではどうぞよろしくお願いします。

 矢吹 晋氏

矢吹:時間が限られていますので、今日のトピックは二つに絞ります。他の問題はディスカッションのなかで話題にしたいと思います。最初に、今日本の中国観が非常に混乱しているという話をやり、後半では、今秋に党大会がありますのでその人事分析の話をしたいと思います。

ソ連専門家による『中国崩壊論』
最初に「日本の中国観の混乱」についてですが、中国は大きな国で人口も多いし、
色々な側面がありますから、おそらく何を語るとしても、それなりの「部分的真実」には
違いない。ではその「部分的真実」を積み重ねたら「全体像が見えるか」と考えると、
全くそうではない。それに近いことを皆やっているのではないかという事です。一つ例
を挙げますと、特にひどかったのは1990年代の後半の中国像の混迷でした。ケ小平さん
が1997年の2月に亡くなりましたがその前後はポストケ小平を巡って
中国が「大混乱、大分裂に陥る」だろうという議論が大変にぎやかでした。その議論
の源流の一つはロナルド・モース教授達が書いた「China in the near term」という
中国分析の報告書(矢吹稿安易なポストケ小平シナリオ報道『中央公論』1995年4月
号) (http://www2.big.or.jp/~yabuki/doc/chu9604.html)です。日本のマスコミのほ
とんど全てが騙されましたが、それを見ているとそのような議論がどのように充実し
ていくかが分かるのです。私はその動きを割合早く見る機会があったものですから見
て驚いたのは、中国専門家が一人もおらず、ほとんどが旧ソ連専門家なのです。旧ソ
連、それも安全保障問題の専門家達が、旧ソ連が1991年に崩壊したのは事実ですから
同じような国である中国も崩壊するのが必至であるという事を言っているだけの事な
のです。「5割以上の確率で崩壊する」という根拠は、何人かのメンバー達の半数以
上がそう思ったからというそれだけの話でした。こんな馬鹿馬鹿しい子供騙しのよう
な議論に、ほとんど全ての日本のマスコミは週刊誌、日刊紙、月刊誌を含めて一通り
(古森さんもその一人ですが)の論調で「この人達は何を考えているのだ」という思っ
たわけです。旧ソ連崩壊以後、およそ10年ですが、今日の中国の姿を見ながら、この
報告書が巻き起こした波紋を想起すると、笑止千万ですね。


香港返還の本当の意味は香港ドルの広東省支配
 ご承知のとおり「ポストケ小平で大混乱」など何も起ってない。もう一つ、当時の重要な関心事は、1997年7月の香港返還だった。「返還された香港は中国に潰されてしまう」、「共産主義者が資本主義で繁栄する香港を潰してしまう」「ダメになってしまう」という議論が盛んに行われた。私は、「香港の現状維持を実は一番望んでいるのは北京政府なのだ」と主張しました。中国の市場経済化を導いていく上で香港は決定的に大事な存在なのだから、「金の卵を生む鶏」を潰す事を一番恐れている、潰さないように望んでいるのが中国当局なのだ、と。そのために、北京政府はあらゆる措置を講じている。だからFortuneが書いたようなThe Death of Hong Kong は生じなかった。香港返還の意味について一言だけ補足します。香港返還というのは、「ユニオンジャックをおろして五星紅旗を掲げた」ことですが、それは政治の話である。経済的実質は何かと言えば、「香港ドルの流通範囲が深?経済特区を越えて広東省珠江デルタ地帯に及んだ」という事実、すなわち香港ドルの広東省支配、これが香港返還
の事実上の意味だったというように私は考えています。それだからこそ、香港返還後に、特別の問題は発生せず、香港ドルも競馬場も引き続き存在しています。

江沢民体制はトップの意見の分立を防ぐため
 その年の秋、1997年9月に党大会が開かれた。大会前に、江沢民執行部はケ小平の
サポートの下で成り立っているのだからケ小平の支持が無くなったら、権力を維持で
きまい。体制は動揺し、政治は混迷に陥るという議論があった。しかし、そうならな
いための措置を中国当局は色々やっていた。端的に申しますと、江沢民という指導者
に「党総書記」「軍事委員会主席」「国家主席」と三つのポストを兼任させた。これ
は中南海トップの意見の分立を防ぐためにわざと、あえてやったものです。これこそ
が天安門事件の教訓なのです。党のトップ趙紫陽と政府のトップ李鵬が対立したため
に中南海指導部が大分裂に陥ったという教訓に鑑みた措置です。ケ小平は文化大革命
後に復活した時、権力のチェック&バランスが非常に大事だという事を強調していま
した。「毛沢東晩年の最も重大な誤り」は、毛沢東に全ての権力が集中していたこと
だというのがケ小平の基本的認識でした。自らの晩年についてもこれを非常に懸念し
ていて、ケ小平はチェック&バランスを強調していた訳です。しかし事実としては、
彼がやろうとした権力の均衡策は、天安門事件で裏目に出た。その教訓を踏まえて江
沢民については、三つの権限をあえて集中するという緊急措置をとったわけです。

 

根拠がない人民元切り下げ論
これらの三つの争点について、私とは逆の意見が圧倒的に多かった。私のような見方は少数派でした。この三点セットがいずれも事実によって明らかになり、破産した後に、日本内外で登場したのが「人民元切り下げ」憶測です。アジア経済危機の発生はは97年夏です。「三つの争点」が古くなった段階で「人民元切り下げ必至」という憶測が猛威を振るいました。

これを煽動した代表的「狼少年」は、あえて言いますと『朝日新聞』の船橋洋一記者でした。1997年12月14日朝刊に韓国ウォン切り下げに続く、「第3ラウンドのアジア危機は中国から始まる」という記事を書いた。「中国発のアジア危機の第三波が来る」というものです。それ以後、1998から2000年あたりまでの約三年間、「人民元切り下げ必至」という憶測が猛威を振るい、エコノミストを含めてほとんどすべての論者がその亡霊にとりつかれたような発言をしました。私は船橋記者の記事が出た当時からこれは馬鹿げていると批判しました。そういう事には絶対にならないという事を根拠を挙げて、一貫して言いつづけたのですがその証拠を一つご紹介したいと思います(矢吹稿「朱鎔基、大胆不敵なバブル退治」(http://www2.big.or.jp/~yabuki/doc3/buns9806.htm)『文藝春秋』1998年6月号)。
 
           

お手許の資料に人民元の対米ドルの交換レートがありますが、1981年、1980年代の初
頭の段階で1人民元は0.6ドル、つまり60セントでした。それからずっと切り下げてき
て1994年の1月に朱鎔基が為替レートの一本化というのをやったのですが、その時に
およそ20セントに切り下げています。ですからこのほぼ15年間で、人民元は対米ドル
で約5分の1に切り下げられています。これは円との関係でいいますと、10分の1で
す。つまり1人民元というのは20年前には150円ぐらいでした。今では15〜6円ですか
ら円との関係では10分の1、米ドルとの関係では5分の1に切り下げています。切り下
げた結果安定しているというのが現状なのです。

それでは当局によって行われた「切り下げの論拠」は何か、その理由は極めて簡単で
す。グラフの右側は外貨準備高なのですが、つまり中国は開放政策を始めた当時、人
民元の力がどの程度かという事を全く分からなかったのです。そこで円との関係で言
えば150円と適当に決めた。けれども、実際には門戸を開放して、貿易を始めてみる
と、西側から買いたいものが沢山あるので外貨が欲しい。その為には輸出を拡大しな
ければいけない。その為に色々なものを輸出しようとする。競争力のある商品は当初
の目論見通りのレートで売れたのだけれども、まもなくどんどんレートを下げないと
売れないという事が分かってきた。そこから切り下げが始まります。外貨収支は黒字
になったり赤字になったりしているということですが、これを見ながらレートを変え
た。外貨準備高が赤字になったら輸出ドライブをかけて、輸出を増やす。他方、輸入
にはブレーキをかけます。そういう事を繰り返しつつ、傾向として切り下げを続けて
きたのです。しかし1994年元旦 に兌換券を廃止し、交換レートを一本化して以後、
レートは安定した。レート安定の結果、貿易黒字が300億ドルあるいは400億ドル台に

増えた。昨年あたりは世界経済が厳しいために輸出が伸び悩んでいます。それでも
200数十億ドルの黒字です。この程度あれば大丈夫です。こういう形で為替レートが
安定する事によって貿易黒字が溜まり始めた。同時に為替レートが安定する事によっ
て、外国からの直接投資が中国に向かいはじめたのです。そのために中国の外貨準備
高は急速に蓄積されます。1993年に朱鎔基が舵取りを始めた時点では、中国の外貨準
備高は170億ぐらいで200億ドル未満でした。しかしご承知のように今年6月末現在
2400億ドルですから、朱鎔基が手腕を振るった約10年の間に12倍になったわけです。

このことが中国経済の体質強化といいますか、質的な転換をもたらした。外貨準備高
の激増は中国経済の対外的実力を象徴的に示すものです。
このグラフを見てみますと、「人民元切り下げは絶対にあり得ない」ということが理
解できます。外貨が十分にあれば切り下げの必要は全くないですし、輸出競争力は非
常にあるわけですからここで切り下げて輸出ドライブをかける必要はない。切り下げ
れば、対外債務は増えます。外国への借金をあえて増やすような政策をまともな指導
者が採るはずはないのです。そういう状況なので、人民元切り下げは、そもそもあり
得ない話だった。しかし日本のマスコミは、ほとんど全滅でした。切り下げ憶測を書
かなかったメディアは探すのが難しいですね。経済評論家も同じです。
最近はどうかというと、2000年後半あるいは2001年あたりから人民元「切り上げ」要
望というのが出て来てきました。「人民元が安いことが日本経済不振の原因だ」とい
う議論です。しかし朱鎔基は、この議論に対してもまったく耳を傾けないだろうと私
は分析しました。それもこのグラフで説明できます。ご承知のように中国はWTOに加
入した訳ですが、そうすると中国は元々輸出競争力の強いもの、繊維製品とか電器製
品、これらはこれからどんどん輸出を伸ばして外貨を稼ぐはずです。他方で、中国の
国内市場を開放しますからそれに伴って、輸入は増え、外貨支払いは当然増える。そ
うすると課題は、貿易収支のバランスなのです。貿易が恒常的に赤字に陥るような事
態さえなければ(黒字をそれ程貯めこむ必要はない)よいけれども、収支バランスが
取れなければまずい。中国の政策当局者は必死になって見極めようとしています。で
すからそういう状況の下で、これから5年間、WTO加盟して以後の猶予期間は残されて
いますが、状況を勘案しながら人民元の自由化を進めていくことになります。それに
よって当然輸入・輸出事情も変わってくる。その全体的帰結を必死になって見極めよ
うとしているのが現状です。ここで見極めがつくまでは、為替レートを変更する事は
有り得ないはずです。

  そういう中国の事情から判断して、人民元の「切り上げ」論は、当面問題にならな
い話なのです。要するに日本側の事情から判断して、人民元切上げ願望を語っても無
意味です。景気低迷の原因を中国のせいにするのは、自分たちの責任を回避し、問題
をすり替えるものです。自分でうまく処理できない事柄の責任を中国に転嫁するの
は、よくない。問題の解決になりません。当時の経団連会長(斜陽産業のトップ)ま
でがそういう事を言うような始末ですから、日本経済は混迷する。あえて言いますけ
れども、日本の経済をリードできないような斜陽産業のリーダーが、日本経済界の代
表面して君臨しているという所に日本経済の混迷ぶりが最も象徴的に現れている。構
造改革をやらなければいけないのは、おそらく経済界の司令部たる経団連本部です
ね。司令部が斜陽産業に牛耳られていては話にならない。
 

          
 
中国の統計:外貨準備高や貿易は信用できる
さて中国の統計が信じられるかどうかという議論がありますが、簡単に言いますと
「信用できる数字」と「信用できない数字」と両方あります。信用できる数字は何か
と言いますと、たとえば外貨準備高や貿易額です。貿易というのは必ず相手がありま
すね。相手がある数字というのは、チェックできます。直接投資(FDI)もそうですね。

外貨準備高に至っては、IMFや世界銀行の指示を受けて、非常に細かいところまで
報告させているわけで、しかも経常的にやっていますから、ごまかしがあれば必ず分
かるはずです。そういう意味で、中国の統計のうちで対外関係を持つものは基本的に
信用していい。これは中国に限らずどこの国でもそうです。ここではごまかしはでき
ない。

ただ国内の問題には粉飾がかなりあります。例えば二つのタイプがありうる。国営企
業の場合に、「水増し報告」を行うことによって生産を多く上げたと称して自分の
ボーナスを増やそうとするケース。これは業績を誇張する虚報問題です。その逆の事
があります。今は市場経済に移行していますから、民間企業や外資企業が沢山ありま
す。このような企業は儲かった場合に、利潤をなるべく少なくみせようとします。と
いうのは過少申告する事によって税金を少なくしたいからです。こうして、一方では
過大報告をしようとする場合があり、他方では過少申告をしようとする場合がある。


これはどこの国でもそうなのですけれども、統計の専門家はそのような点は十分承知
の上で、時々サンプリング調査や抜き打ち調査などをやりながらチェックする努力を
続けている。にも関わらず「統計の精度」あるいは統計のバイアスでいうと問題は沢
山あると思います。それは一つは経済のシステムそのものが計画経済から市場経済へ
大きく転換しつつありますから統計制度も再編成の過程にある。統計は色々な系列の
指標をダブルチェック、クロスチェックする事によって、精度を高めることができ
る。そのような事情があります。中国当局が意図的に誇大報告をやっているという事
実はないと思われます。かつて「虚報」をやったために、自分で自分を欺き、実情が
分からなくなり、大きな損をした経験を彼らは忘れてはいない。文化大革命期には、
鎖国体制のもとで自閉症的なでたらめをやっていたために、外の世界に接して愕然と
したのは、つい昨日のことです。そこから出発してなるべくきちんとしようという努
力をしている。それにも関わらずまだまだ統計の精度に問題があるのは確かです。

「確かな統計」と「不確かな統計」と両方あるので、それらを良く見極めた上で分析
すべきであるのに、何かというと「中国の統計は全部信頼できない」という議論にな
るのは、全くおかしい。例えばGNPの成長率について言いますと、中国は今は高度成
長期ですから7% ぐらいというのは当たり前なのです。体質としてそうなのです。中
国に限らず日本も、アジア・ニースもASEANのスリー・タイガースもそうでした。中
国は今これらを追いかけている訳です。このような全体の流れで見ますと、中国の今
の高度成長は自然な流れであって30年前の日本と基本的には同じ事であるという事です。

ですから私の中国をみる基本的なスタンスは、「日本の高度成長期と比較せよ」、と
いう事に尽きます。具体的には、2008年北京オリンピックは日本の1964年に比べて44
年遅れてます。2010年の上海万博は大阪の1970年に比べて40年遅れてます。1996年12
月のIMF8条国への移行は日本の1964年と比べて32年遅れてます。それから、日本の資
本取引の自由化を含めた円の自由化は8条国移行の9年後、すなわち1973年です。さ
て、そこで中国はどうか。「1996年プラス9年」というのは2005年になるわけです。
ですから2005年ぐらいに資本取引の自由化を含めた人民元の自由化をやるのが一番望
ましいのだろうという見通しを私はもっています。それは日本の例を中国に当てはめ
る話です。しかもそれは中国の現実と合うという見通しです。

更に言うと、2008年にオリンピックを開催しますが、オリンピックを開催すると
きにハードカレンシーといいますか、交換できる通貨でないのはきわめて具合が悪
い。つまり2008年までには「人民元の自由化」を絶対やるはずだと私は予想していま
す。中国はアジア通貨危機の混乱に鑑みて、自由化目標を放棄したのじゃないかと見
る向きもありますが、違うと思う。自由化はやはり断行しないと、具合が悪いので
す。香港ドルがハードカレンシーであり、台湾ドルがハードカレンシーの地位にある
状況下で、「人民元が半人前」ということでは沽券に関わる。まるでかっこうがつか
ない。そういう問題なのです。 このあたりは日本と比べて単純に30年、40年遅れて
いるという構図になります。これが一つのものさしです。ただし、世界同時平行的な
発展を遂げている一例は、携帯電話の普及とかインターネットの普及です。あるいは
CAD、CAM技術を利用した金型製作も注目すべきです。そっくり移転できればそのまま
模倣できるようなものについては同時発展ですから、段階発展を追う必要はない。そ
ういう意味では中国が日本に追いつくには単純に30年、40年かかるという事では必ず
しもない。大きなところではそれ程のギャップがあるが、ものによっては同時平行的
に進んでいく、あるいは場合によっては日本を追い越してもおかしくはない、という
二つの要素がある。したがってわれわれは「複眼的に観察する」必要があります。

中国からの輸入はデフレの原因ではない
「中国からの輸入激増が日本デフレの主因だ」という、間違った議論があります。財
務省によれば、日本は昨年580億ドルを中国から輸入しましたが、これは日本輸入全
体の6分の1、16%ぐらいでした。この580億ドルを分子として、分母に日本のGNP全体
の4兆ドル、あるいは4.5兆ドルで割り算しますと、せいぜい1.2%から1.5%ぐらいです
ね。「GDPの1.5%を占めるにすぎない中国からの輸入品」が「日本のGDP全体に
決定的影響を与える」という議論は、どうみても誇張ですね。「犬の尻尾が犬を振り
回している」という議論であり、誇張も甚だしい。実態から考えてばかばかしい議論
です。日中両国経済は競合する部分よりは、補完的な部分がはるかに大きい。にもか
かわらず、今年の春闘では、あらゆる場で「中国との競争で厳しい」といった口実が
賃上げ抑制のために使われ、日本人は皆そう思い込んでいる。「中国の輸入品のおか
げで日本はデフレになっている」と思い込んでいる。しかしこれは錯覚に近いもので
す。日本経済がダメになっているのは、そのためではない。ほかに理由があるという
のが私の理解です。

   日本経済の本当にダメな原因をちゃんと認識しないで、中国のせいにしていると
いう状況ですと日本は全く良くならない。問題の原因を見極めず、その解決を先送り
するだけの議論が日本で横行しているのは、困った事態です。

中国政府の定年制度
最後に中国の党大会の話をします。中国の国家公務員は、女性の場合は55歳が定年
で、男性は60歳が定年です。「部長級」とよく言いますが、中国ではこれは閣僚級で
す。中央政府の閣僚、地方政府でいうと広東省長とか上海市長とか、そのような地方
政府の長、および党委員会書記たちは65歳になったら文句無しに辞めます。これが中
国の定年制度です。共産党の政治局の場合には、定年制なのですが少し意味が違って
きます。政治局の場合には「70歳を超えた人を政治局委員に選出しない」という「入
口のルール」です。「70歳未満の候補」から選ぶわけです。そうしますとその基準で
は江沢民は75歳2ヶ月になり、引退必至です。この年齢を数える基準が重要で、それ
は6月30日時点です。どうしてかといいますと、党大会自体の日程が直前まで決まら
ないですから、決まらないところで年齢を数えることはできない。ですから「年央す
なわち6月30日を基準にする」ことだけをはっきりと決める訳です。なぜかといいま
すと、政治局常務委員、あるいは平の政治局委員も含めての20、30数人とかの年齢の
話には終わらないのです。実は6500万人のメンバーをもつ中国共産党員全員の年齢を
数えることと絡むのです。

党大会を開くときには地方レベルの党大会を開きますね。地方レベルの党大会のため
には末端の組織、工場とか、学校とか色んなところから代表を出してきます。そうい
う末端から「代表の年齢」をどうしようかという話があって、と同時に次の中央での
執行部を誰がやるのかという基準は末端から年齢を問題視せざるを得ないわけです。
ですからそういう下からの積み上げのピークとして政治局常務委員の年齢が出てくる
わけで、政治局だけが例外ということはあり得ないはずです。

そこで考えると、江沢民、李鵬、朱鎔基は引退以外の道はないという事になります。
胡錦涛、李瑞環は留任できる。尉健行、これはダメです。際どいのは李嵐清です。70
歳1ヶ月で現実に言えば彼は引退の対象なのですが私は彼が残る可能性と引退の可能
性と五分五分と見ています。なぜかというと理由は二つあります。一つはもし李嵐清
までやめるとしたら7人のうち5人がやめて2人がのこる。7対2という構図になりま
す。李嵐清が残れば辞める人と残る人で4対3となります。これは指導部の継続性、安
定性という点で妥当だと思われるだろうというのが一つの理由です。もう一つの理由
は李嵐清の次のポストです。全国人民政治協商会議主席になる場合には、やはり常務
委員のポストを保持したほうがよいという判断があります。むろん、若返りは大原則
なので、年齢基準を機械的に容赦なく適用すべきだという原則論も強いはずです。

胡錦涛はもちろんトップになります。これは前から、あるいは10年前から決まってい
る事なのですが、10年前にケ小平はそれを意図して49歳の胡錦涛を抜擢しているわけ
ですから、10年間見習いやってきたので、まず間違いない。それから李瑞環の場合は
今までは政治協商会議の主席という参議院の議長みたいなもので、今度は李鵬がやめ
ますから李鵬の後の全人代の常務委員長におそらくなるであろう。それから朱鎔基の
後は現副首相の温家宝の昇格です。温家宝が平の政治局委員から昇格するだろう。そ
れで温家宝とみる根拠は簡単で、今副首相は4人います。李嵐清と、外交担当の銭其
琛、この二人とも年長で、引退組です。若いところでは温家宝と呉邦国の二人
しかいない。それで温家宝と呉邦国で比べてどちらが有望かといったらそれは明らか
に温家宝になります。なぜかというと、彼が担当している分野が広い。温家宝はまず
農業を担当し、それから金融を担当しています。

朱鎔基の仕事の内、非常に広い範囲の仕事を今彼が担当している。呉邦国は国有企業
改革担当です。国有企業改革というのは、日本の新聞を見ているとまだ大変だ大変だ
という議論ばっかりなのですが、私は国有企業改革というのはもう「事実上終わっ
た」と見ているのです。国有企業全体のシェアは25%程度ですが、改革が始まった時
にはこのシェアが8割あったのです。しかしこの後に外資系企業、郷鎮企業が非常に
成長してきて、国営企業のシェアはマイナーなものになっている。ですから国営企業
改革はもはや大きな問題ではなくなる。それを担当している呉邦国には芽がないだろ
うというのが私の見方です。

それでもう常務委員のポストは4つ決まりますので、そうするとあと3つ空いていま
す。この3つはおそらくこれから決まるだろう。ただ3つのうち1つは既にもう決まっ
ているのではないかと思います。李長春ですね。李長春は政治局の中で最も若いメン
バーです。彼は意図的に「次の次」という形で引っ張り上げられてきた。彼はおそら
く今回常務委員に昇格するのではないか。そうするとポスト7つのうち5つ決まります
から後の2つは最後まで決まらないと思います。いつ決まるかというと8月に北戴河会
議という「根回しの会議」がありまして、そこまでもつれこむだろう。下馬評はたく
さんあがってます。例えば一番わいわい騒いでいるのは江沢民の腰巾着の曽慶紅です
ね。彼は江沢民を残させるとか李鵬を残させるとか、国際情勢が大変だから江沢民が
残らなきゃいけないだとか、そういう事を言っているのは、江沢民を残らせるためで
はないのです。江沢民の影響力を使って自分が常務委員になろうという読みなので
す。そこらへんが分かっていない『産経』支局長が変な記事を書いたみたいですし、
それを受けて今度は『東京新聞』支局長も書いたみたいですが、この辺は全く憶測に
すぎず、合理的な根拠はゼロだと思います。ただ基本的に今は「書き得」の時期なの
です。「まだ決まっていない」のですから、「あらゆる可能性」を、本当はないので
すが、「ある」と称して書く事ができるのです。私はあえてここまで決まっていると
言いますけれども、その根拠は何かというとここまで固めたという事を全党に知らせ
る必要があるのです。そうしないと突然決まったからといって、了承がえられなけれ
ば困るのです。それを防ぐためには「こういう理屈でこうなのですよ」という事を末
端まで浸透させようとしている。そこを見ていると大体そういう事だという事が分か
る。人事を語る場合に年齢を誕生月まで含めて問題にしない議論は全部無視したらい
い。誕生月は年齢を数える基準として非常に重要だからこそ、中央組織部がわざわざ
何年何月生まれと明示して資料を公表しているわけです。その意味を読み取れていな
いような分析は時代遅れです。私の話はここで終わります。有り難うございました。
 

つづきはこちら

文責 小池氏就 氏(ありがとうございました)

Copyright(C)1999-2002 Policy Research & Analysis Network 許可無く転載することを禁じます。