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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート フセイン大統領の拘束、すべての大量破壊兵器の完全廃棄の可否が問われるものの、アメリカの強大な軍事力をもってすればイラク政権は簡単に倒れるというのが共通した見方である。が一方、近隣諸国、広くはアラブ世界全体への影響、そしてフセイン後のイラク再建のほうが難しい問題となることを予測する声は大きい。例えばフセインが湾岸戦争時と同じようにイスラエルにミサイル攻撃をかけ、まして化学兵器を用いた場合、イスラエルは当然反撃をする。イスラム諸国対ユダヤ国家の宗教戦争というシナリオも否定できない。また、イラク攻撃がきっかけとなり、サウジアラビアやエジプトなどで暴動が起こり、現政権が倒され、反西洋色の強い政権が成立する可能性もある。 イラク再建にもさまざまな問題がつきまとう。政権打倒の結果が第二のサダム・フセインにならないという保証はない。宗派部族間の闘争と周辺諸国の介入を防ぎ、安定した体制を築くのは一筋縄ではいかない。イラクに民主的な、そして少なくとも反米、反西欧文明でない政権を樹立するにはどのような選択があるのか。そもそも中近東に民主的な国家を樹立すること自体が非現実的な夢なのか。アメリカは現体制を壊すのみならず新たな体制をつくる責任も背負うことができるのか。ホワイトハウス、国務省、国防総省、CIAではフセイン後体制構想議論が本格化している。 これまでにアメリカがかかわった「国づくり」が議論の土台となるが、大きく分けて二つの型がある。第二次世界大戦後の日本とドイツ型、そして現在のアフガニスタン型である。前者の場合は戦後大量の軍が長年駐屯し、治安ばかりでなく政治、社会、法体制づくりに深くかかわった。一方アフガニスタンの場合は、欧米諸国が治安、インフラづくりなどには協力するものの、国づくりはカルザイ大統領以下、アフガニスタン人の手で行われている。本能的にアメリカ人が好むのは後者である。圧倒的な軍事力で敵を倒すことは得意でも、その後の国家再建はヨーロッパをはじめとする同盟国に任せる傾向があるのはタリバーン政権打倒後あるいはバルカン諸国の復興においても明らかである。 アフガニスタン型は外からのお仕着せでなく国民による国づくりという利点はあるものの、首都カブール以外の治安は悪く、中央政府による統治体制はなかなか確立しない。アフガニスタンでは強力な武将による地域支配が確立しており、対タリバーン戦争時はアメリカもこの武将たちに金をばら撒き味方につけていた。戦国時代から一気に中央集権的民主国家を築くのは容易ではない。アメリカ、EU、日本の資金・技術援助で道路網、教育制度などのインフラ・社会制度づくりが徐々に進められているが、地方の実力者たちの全面的な協力を得るまでの道のりは遠い。治安を担当する軍や警察制度を整えるにも時間がかかるが、警察官の育成ですら、ドイツの協力で始まったばかりである。
マッカーサー型占領か この発想はアフガニスタンの経験とともに、イラク、さらにはイスラエル以外の中東地域には法に基づいた民主主義の基盤がなく、自国民のみで体制を築ける素養がないという見方からもきている。戦後の日本の成功例がしばしば引き合いに出されるが、それは日本が西洋文化圏の一員でないばかりか、それまで民主主義の伝統が全くなかった国が短時間で民主国家に変貌したという誤解もある。このマッカーサー的司令官派遣構想は紙面を賑わしているが、懐疑的な見方もある。第二次世界大戦後の日本に関する著書でピュリツァー賞も受賞しているジョン・ダワーはニューヨーク・タイムズへの投稿で、日本占領の成功に貢献した特長でイラクには当てはまらない点を次のように述べている。 アメリカの日本占領はアジア諸国ばかりでなくヨーロッパ各国にも道徳的、法的に正当な政策と認められ、日本人もアメリカ軍による占領を当然のことと受け止め、敵対的な行動は一切とらなかった。日本占領政策はパールハーバー直後から時間をかけて練られた。日本には当時、宗教、民族、部族間の対立がなかった。日本には戦前から民主主義の伝統があり、さらに占領軍は既存の官僚制度を利用し、協力を得ることができた。日本は島国で地下資源にも恵まれず、隣国からの干渉を受けにくかった。 アメリカの官庁組織間の争いが熾烈なのはよく知られているが、フセイン後体制をめぐっても、国務省、国防総省、CIA間で政策の一致は見られない。そもそもどこまでアメリカがかかわるかという点でも議論が分かれる。ラムズフェルド国防長官に代表されるように、悪の根源、サダム・フセイン打倒と大量破壊兵器の廃棄に力点をおく人々がいる一方、国務省や同じタカ派と見なされながらもフセイン後の国家再建や中東に民主主義を広めることまでにも視野を広げるウォルフォウィッツ国防副長官のような一派もいる。 さらに意見が分かれるのは海外在住のイラク反体制派とどこまで協力するか、彼らの見解をどこまで受け入れるかである。フセイン統治から逃れ、海外に在住し、反体制活動を続けてきたイラク人が大勢いる。在外イラク人は二百万から三百万人と言われるが、多くは高い教養と豊富なビジネス経験を有する。問題は反体制派内の分裂である。アメリカが何らかの形で支援しているグループだけでも石油資源豊かな北部地方に勢力を広げるクルド系が二つ、多数民族であるシーア派系が二つ、そして、反体制派の統率団体であるイラク国民会議(INC)がある。しかしクルド人とシーア派が不仲なのに加え、クルド系同士も決して関係は良くなく、シーア派も一方はイランと深い関係がある。もめごとの絶えない反体制派をどこまで支援するのか、また反体制派が望む暫定政府を樹立するのか、いずれの点でもアメリカ政権内で意見がまとまっていない。 反体制派にはさまざまな不確定要素がある。団結して反フセイン運動を遂行できるか、フセイン周辺の情報収集や軍事攻撃にどの程度役に立ち、信頼できるのか。また海外の反体制派とイラク国内の人々の間の関係も予測がつかない。打倒フセインがかなったとし、これまで国内で圧政に耐えたイラク人が、海外に逃れていた反体制派を新国家のリーダーとして受け入れるか。さらに反体制派に民主国家を構築する知識や技量があるのか。アフガニスタンのカルザイ氏に匹敵するリーダーがいるのかという心配もある。
米政権と反体制派の駆け引き 反体制派とアメリカ政府は反体制派の活動内容やその効果をめぐってばかりでなく、戦闘勢力としての効力についても長い間駆け引きをしてきた。アフガニスタンの北部同盟のような現地勢力の協力が必要と言われ、一九九八年にはイラク解放法のもと、九千七百万ドルが勢力育成に向け承認されたものの、これまでわずかに五百万ドルが通信・管理費用として提供されただけだった。しかし十月初めにブッシュ大統領が残りの資金九千二百万ドルを戦闘や戦場における特殊技能の訓練に使うことを承認し、まずは五千人あまりのイラク人戦闘要員の訓練が始まる。 しかしここでも反体制派が一枚岩でないことがすでに明らかになっている。戦闘要員の選抜はINCが中心に行っているが、シーア派のイラク国民合意(INA)等、他の反体制派はINCが特別扱いを受けていると不服を漏らす。さらに複雑なのはINCやINAがアメリカの政権内の別々の組織の後ろ盾を得ていることである。INCは従来、国防総省とのつながりが深く、INAはCIAとの協力関係が深い。アハマド・チャラビ氏はMIT卒業、シカゴ大学で数学の博士号を取り、ヨルダンで銀行を経営していた。祖父は議員、ビジネスマンの父も議員を務めたことがある。新政府樹立のおりにはその代表候補ナンバーワンと言われながら、国務省やCIAは必ずしも信頼をおかない。 いずれにしてもイラク人の協力なくしてはイラクの将来は描けない。内外のイラク人が暫定協議会を設け国家再建の指導にあたるという案も出ている。が、この場合でも国連などの国際組織が中央政府や石油の利権を管理し、米軍が長期駐屯する状況は避けられない。なるべく早く、多くのイラク人が国家再建に協力する必要がある。そこでペンタゴンが戦闘要員の訓練を始める一方、国務省では在外イラク人の指導者や学者とイラクの将来を計画するプロジェクトを立ち上げた。 この知的作業のイラク側の中心となっているのがカナン・マキアである。ブランダイス大学で教えるマキア氏はイラク出身、八九年にはフセインの恐怖政治の実態を描いた著書を出版している。マキア氏らはイラクの現状や長年の地域闘争の反省の上に、すでに九一年から新しい政治体制や憲法などを検討し、法に基づいた民主的な政権設立のためにチャーター91という署名運動もしてきた。国務省のプロジェクトにはマキア氏ら三十二人のイラク人がかかわり、憲法、議会、司法、軍などのあり方、民主化までの移行作業などを五万語にわたるペーパーにまとめている。 マキア氏が描く新イラク構想にはいくつかの重要な基本柱がある。まず第一に連邦制である。法に基づいた代表民主主義を築き、少数派の人々にも平等の権利を保障する国家を目指すには、連邦制しかないという判断である。王政や部族政治あるいは独裁政治から脱皮し、アラブ諸国初の民主的な国家を建設するためには、権力の分散が基本となる。中央において、中央から地方へ、さらには複数の層へという権力の分散はこれまで中東にはない試みである。王家あるいは軍や独裁者に権力が集中しているアラブ諸国の実態を見れば、これがいかに大きな一歩かが分かる。 連邦制の推奨はクルド人と新国家の関係にも新たな道を開くことになる。トルコ及びイラクの北に住むクルド人にはかつてから独立国家樹立の機運がある。国家の安定を乱されるトルコは独立国家構想にはもちろん反対である。しかしイラク政権から虐待され続けてきた少数派のクルド人があえて新イラクに残る道を選ぶとは限らない。クルド人の治める北イラクには大きな油田があり、独立の意向を示せば、トルコとばかりでなく、スンニ、シーア両派との戦いも起きるであろう。これを避けるためにも地方に権力を分散した連邦制が必要となる。 次の柱は政治と宗教の関係である。マキア氏は政教分離を提案するが、これも中東では画期的な提案である。実現を疑問視する人々にマキア氏は次のような問いかけをする。「国民としての権利や義務がその宗教観で決められることを良しとするのか」「政府官庁が個人の宗教を制約したり強要することを良しとするのか」「イラクの聖職者たちが政治政策にかかわることを良しとするのか」。マキア氏は多くのイラク人がこれまでの経験からこうした質問にNOと答えることを予測している。もしその判断が正しければ政教分離の道が開けることになる。
イラクに「憲法九条」? 国務省から近々発表されるであろうイラクの将来構想は、「反体制派に一番懐疑的である国務省をイラク人たちがひっぱっている」とマキア氏が述べているように、こういったいわば在外反体制派イラク人が十年をかけて練ってきた考えを土台としたものになろう。外交政策に関して陰ながら大きな力を発揮すると言われるチェイニー副大統領の周辺が反体制派のこの活動を支援しているという声も聞こえてくる。イラク再建を政権が真剣に検討し始め、イラク人の描く再建構想が中核となる兆しと言える。 イラク民主化構想にはもちろんアメリカなど国際社会が、国内体制の整備に協力するのみならず、地域の安全保障にも長期にわたりかかわることが必須条件である。それなくしては、この壮大な計画の成功はありえない。国家安全保障会議特別補佐官のコンドリーザ・ライスがフィナンシャル・タイムズとのインタビューでアメリカの長期的なかかわりを明言しているが、アメリカ政権の動向を在外イラク人はまだまだ不安の目で見守っている。 イラク再建が日独型あるいはアフガニスタン型のいずれにも当てはまらないのは明らかである。武力行使は、おそらく短期間で、それも主にアメリカの軍事力のみで成果があがるだろう。しかし国家再建は、国際社会全体の長期にわたる協力を必要とする大プロジェクトである。いまだ見解の分かれるアメリカ政権内から、統一したイラク新国家計画とそれへのアメリカのコミットメントが表明され、同時に反体制各派が一体となって具体的な協力体制を築いたとき、国際社会を巻き込んだ具体的な戦略協議が始まるだろう。国連決議に基づいて武力行使が行われれば、アメリカのみでなく国際社会全体がイラク再建に責任を負うことになる。国家再建の先輩である日本も資金のみならず知恵を出す機会である。イラク人のアラブ国初の連邦民主主義国家設立構想は、国際社会にとっても史上に残る挑戦となる。
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