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『政策空間』Vol.28−29 2005年12月10日号掲載
「FTAを巡る世界の大変動に乗り遅れるな」 小池 政就(東京大学大学院 工学系研究科地球システム工学専攻博士課程)
従って交渉のスピードが早くなるだけでなく、その取り決め内容にもかなりの柔軟性が生まれてくる。日本がこれまでに締結したふたつの協定(シンガポール、メキシコ)では、関税の低減のみならず例えば投資や知的財産に関する制度の共有といった幅広い内容を包括している。そこで日本政府は、貿易の関税低減を中心としたFTAと区別するためにEPA(経済連携協定)と称している。確かに、一言でFTAと呼ばれるものでもその中身は大きく異なる。しかし更に注目すべきは、それらによって自国の利益を拡大しようとする各国の戦略であり現在および今後の国際政治経済への大きなダイナミズムを伴う点である。ここでは、拙著(共著)『FTAが創る日本とアジアの未来』(オープンナレッジより2005年12月出版)の中から例を挙げてその変動を紹介していく。 シンガポールは、FTAへの取り組みを躊躇していた日本に、一番初めに交渉を持ち込んだ国である。当時のゴー・チョクトン首相は、欧米中心に変えられていく世界貿易の仕組みに強い懸念を持っており、日本とのFTAをアジア地域経済の「強力なダイナモ(発電機)」として位置づけていた。遅々として進まないAPECなどの地域における枠組みへの苛立ちがあり、また中国の台頭に怯えているだけの隣国に新たな方向性を示したのである。更にシンガポールは、FTAによって組み替えられていく国際経済の中での自国の位置付けを明確に描いている。つまり自国を「世界のFTAネットワークおよびアジア経済のハブ」として確立させるというビジョンである。その為にも、既にアジア地域のみならず米国、欧州、中東、オセアニアといった広範な地域と質の高い協定を結んでいる。その際に特筆すべきは、変動する地域・国際経済を想定しながら国内の改革も進めていくという内外一体の「攻め」の姿勢である。こうした姿勢は、自国をヒト・モノ・金・企業といった主要な生産手段が集まるハブとして確立させようという具体的政策に色濃く現されている。これは世界一の貿易立国であり、北に中国、西にインド・中東を睨んだ地政学的強みを備えるといった自国の特性を、リーダーが正確に理解しているせいでもあろう。 一方米国によるFTA戦略には、安全保障および将来市場の確保という意図もより強く含まれている。2002年に発表された「国家安全保障戦略」にも明記され、USTR(米国通商代表部)が安保面での協力を条件とするFTAには、米国の外交政策に沿って各国の改革を促し、安保上の脅威を抑えようとする方針が現れている。イラク戦争開始直後に発表された「中東自由貿易地域構想」はその象徴である。更に将来市場の確保という点では、途上国に対して技術協力等の「アメ」を持ち出して交渉を促進しながら、知財権保護など相手側の国内法令にまで突っ込んだ協議を進めようとしている。そしてこれらの取り組みを拡大させる程に、排除されるデメリットが他国に対する「ムチ」として効果的な外交ツールとなる事も認識しているのである。
日本の国内ではFTAに関する議論といえば、「既存の保護産業をどうするか」という消極的で内向きの議論に終始しがちである。他方で国外では、上述した以外にも資源獲得に躍起となる中国等を含め、既存の体制を自国の利益に沿った形に組み替えようという激しい争いが展開されている。これら変動の経緯と、その認識の下に日本のFTA戦略に対する提言をも含めた拙著(共著)を是非御一読願いたい。
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