『政策空間』Vol.32 20064掲載 

「石油争奪戦の構造的問題―不確実な情報に基づく囚人のジレンマ的帰結」


小池 政就(東京大学大学院 工学系研究科地球システム工学専攻博士課程)


“Control energy and you control the nations.” Henry Kissinger

  近年における石油を初めとしたエネルギー争奪戦は激化の一途を辿っている。エネルギーはいつの時代も経済および安全保障といった国力の根幹を支える物資であり、その動向が国際関係に大きな影響を及ぼしている。本稿においては全てのエネルギー動向を左右する石油市場について、構造と課題、そして今後へのインプリケーションを述べていく。

  まず、現在の逼迫する石油市場とその結果としての油価の高騰は一時的なものではない。確かにハリケーンによる製油能力の低下や産油国の政情不安等、短期的な要因も当然ながら絡んではくるが、根本的な需給の逼迫状況とその状態に今後も改善の兆しが見えない事が問題の背景にある。つまり産油国の生産余力は停滞傾向にあり、一方で需要サイドではアジア諸国をはじめ、米国や中東でも消費の拡大を続けている。その中で特に中国やインドといった今後の成長が見込まれる国々の購買意欲は顕著であり、石油関連の国営企業を前面に国家が一体となって取り組む姿勢は市場を更に加熱させている。また、実は原油の性質の違いによる需給のミスマッチも深刻である。原油は含有する非炭化水素(硫黄や窒素等)の量によってその比重が大きく変わり、通常この非炭化水素の量が少ないほど軽く経済価値が高くなる。現在の需要の伸びはガソリンやディーゼル軽油等の軽質な原油に傾いており、対して今後の生産は重質原油が中心となっている。

  更に、改善しつつあるがまだまだ不完全な競争状態にある石油市場そのものも問題を複雑にしている。どの関係者も正確な総量を把握していないことから、マーケットに希少性の価値が正確に反映されてはいないのである。結果として短期の需給バランスによって価格が決定されることとなるのだが、寡占状態にある産油国との相対取引を中心とした市場の不透明さと投機筋の活動幅の拡大が必要以上に価格変動を大きくしてしまっている。サウジアラビアのナイミ石油鉱物資源相によると、現状の油価において需給実態を反映した適正相場は4550ドル/バレル程度であり少なくとも15ドル/バレル分はファンダメンタルズを反映しない投機的な結果とされている。多くの懸念に反してこのような動向は続くと考えられ、例えば日本でも銀行法改正によりメガバンク等が石油のトレーディングに参入しつつあるように、石油を投資対象として取り扱う市場アクターの増加が更なる油価の脆弱性をもたらすものと思われる。

  それではこのような石油市場の逼迫がもたらすものは何か。経済的には幅広く生産・消費の両面でマイナスの効果が予想される。石油製品価格の高騰が直接、間接に各産業に影響をもたらし、特に石油燃料に強く依存する途上国ではその経済発展に大きな影を落としかねない。エネルギー効率の高い日本においても製造や輸送といった産業の収益性を低下させ、かといって既に競争の進んだ業界では容易に最終価格に反映できないという厳しい状況にある。一方でより注目されるべきは政治的な動向であり、特に国際政治においてこれまでの延長からは考えられなかった大きな変動が起こりつつある。OPECはもとよりロシアやアフリカ等の産油国の発言力が高まり、これに中国やインドそしてアメリカといった輸入国が様々な方法で積極的に接近し、より複雑な国際関係が構築されようとしている。

  またこれらの外交上の変動に加え、歴史的に見ても石油をめぐる国家間の緊張は歴史的に見てもしばしば武力紛争に関連するケースも少なくない。代表的なのは現在でも引き合いに出される真珠湾攻撃という象徴的事実であり、禁輸措置によって追い詰められた日本が戦争を引き起こしたという分かりやすい因果関係に基づいている。市場が発達した現代においてはこのような直接的な武力衝突の要因はそれ程見受けられないが、それでも多くの独立戦争や内戦で石油が遠因となっている。ここで厄介なのは元々民族・宗教間の問題が根底にあって続いている戦争に、石油資源を巡って他国が介入し問題が複雑化・長期化するケースである。例えば冷戦後も続いたアンゴラ、コンゴ、スーダンといった資源生産国での内戦では、石油や鉱物資源をめぐって近隣諸国や石油輸入国が介入し、現在も国際社会の懸念をよそに中国等が資源購入に働きかけている。これらは当該国の資源への過剰な依存も背景にあり、結果として特権階級の温存や低い統治能力のために紛争が収まらないという悪循環にも陥っている。

  本稿においてはその一面を垣間見ただけであるが、石油をめぐる今後の国際情勢は不安定要素に満ちている。そもそもの根本的な要因は枯渇性資源である石油の残量が把握できないという点に行き着くのであり、それが可能でない以上は冷静に確実な対応を重ねていくしかない。つまり短期的には危機管理体制を確実にしながら安定供給を確保し、長期的なソフトランディングの道筋を探っていかなければならない。そしてその為には幅広い分野における国際的な協力体制の構築が求められる。これまで国際エネルギー機関(IEA)を中心として取り組んできたのは戦略備蓄であり危機管理への対応が主であったが、それ以外は各人が異なった思惑に立って行動しかえって全体としての利益を逸するという側面も多く見られた。しかし今後は極地や深海の共同開発、日本が進めてきた省エネ技術の普及、武力紛争回避としての途上国開発、シーレーンの共同管理、領有権の帰属が不明な地域への対処など、需給両面含めた国際的協調が必要であり、共通の理解が得られればお互いの利益を資する結果も期待できよう。課題はそのプロセスであり、まずは可能な限りの情報の共有化と市場の透明性の向上が、いわゆる囚人のジレンマ的状況打開の一助となろう。

 


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