PRANJ代表からのメッセージ
村上博美 :政策海外ネットワーク 代表 (経済戦略研究所 研究員) 「JMM連載開始にあたって」 JMM 2001年 4月10日号掲載 毎週火曜日にJMMへ寄稿することになりました政策海外ネットワークです。ワシントンDCを拠点とし、海外からの視点で日本にいる皆様に問題提起を行っていきます。メンバーによる近況報告やワークショップ・フォーラムの内容なども発信していく予定です。この中で、「政策」でいろんなことができるということを理解していただきたいということと、他の国(主にアメリカですが)ではどう問題に取り組んでいるかということも紹介できたらと思います。 回復の兆しがなかなか見えない日本経済も、経済構造だけが問題なのではなく、日本自身が進むべき方向が決まっていない状態だと感じています。日本が新生するために、議論の場が必要だという政策海外ネットワークに賛同してくださり、快くこのような機会を与えてくださった村上龍編集長に大変感謝致します。 外から日本を見てみると、国内で「普通だ」と思っていたことが、実はとても変わったことだということに気がつきます。日々アメリカの政策が生で動いているワシントンDCに身をおいている私達には、特にその思いが強くなります。 はっきりわかることは、21世紀の日本は、自国の将来の方向を決める極めて重要な局面にありながら、有能な人材登用や議論自体をすすめる方法、そして民意による意志決定が行える体制にはなっていないことです。グローバリゼーションが急速に進んだ冷戦終結以降、どの国も必死に移り変わる外的環境とのギャップをうめようと国内制度を改革してきました。 日本の場合を考えると、ますます世界とのギャップが広がったのではないでしょうか。グローバルな視点と水準、国際競争力を併せ持つものになっていないばかりか、私達に与えられた選択肢が極端に少ないのが日本の現実です。在外邦人が痛切に感じることは、マスコミや知識人も一部の人を除いて、日本の外がよく見えてない人が多いということです。日本の外では私たちのような日本人が諸外国の大学、研究機関、民間企業、公共機関、NGOやNPO、あるいは国際機関でいま多数、働いています。そうした在外の日本人は、いま何が世界に起っているのか、日本に何が問われ、求められているか、日本国内にいる同胞よりは敏速かつ的確に知り得る立場にいます。 そうした立場の日本人はここ十年余り、急速に数を増し、培った知識や情報も飛躍的に拡大しています。これらの人達をネットワークでつなぎ、日本人がとり得る選択肢を増やすための試みとして、ワシントンDCを拠点としたバーチャルシンクタンクを立ち上げました。 日本は「特殊」だから他の国の制度や方法が日本には応用できないという議論は今でもあらゆるところで使われています。本当にそうでしょうか。経済産業省の電力に関するレポートでは、なぜ日本の電力料金がアメリカの2倍なのかという理由として、「日本には固有の社会制度、山や谷が多い地理的条件があるため。」と結んでいますが、アメリカの険しいロッキー山脈に囲まれたコロラド州だって安く電力を供給しています。 一方、国際機関の現場では日本は「顔がみえない国」と言われます。お金だけは出すけれどいったい何をしたいのかが不明瞭だということです。「日本からの融資を受ける場合は条件が緩いから助かるわ。」といわれると、日本人として複雑な気持ちになるという人がいます。将来の労働力の不足分を女性の登用や移民で補うという割には、社会保健制度が適用されないばかりか外国人への差別的な労働条件があったり、本来の労働者の権利が無視されています。 こちらで働く多くの日本女性が日本へ帰ることに躊躇します。少子化が問題なのに、働く女性が子供を産み育てる制度や環境が整備されていないばかりか、職に関する平等な権利が保障されないからです。司法で不当な扱いを証明しようとすると、誇大な時間とお金がかかります。人材は有効に活用されているでしょうか。面接に行くと「なぜ2つも会社を変えたのですか。」と否定的な質問をされます。 一つの価値観で物事を判断したり、敗者復活制度を認めていないことに、社会や個人の未知の可能性をつぶしてはいないでしょうか。私達が日本にいる一人一人に問いたいのは、現在日本が直面しているいろいろな挑戦に対して、どういう選択をしていくのかということです。その選択肢をできるだけ多く増やすことが重要なのです。 ワシントンDCには、「政策」という点を共有しながらいろいろな人間が結集しています。アメリカの首都であるこの町は政治の町ですが、日本の永田町と大きく違うのは、活気ある政策議論が至るところで毎日行われていることです。ラジオやTVから流れる論争や公聴会中継に加えて、シンクタンクや、世界銀行やNGO、議会や米国政府機関がひしめくこの町では洗練された質の高い議論から知的刺激を絶えず受けます。 知的刺激や仕事のチャンスを求めて、全米からまた世界からいろいろなバックグラウンドの人が集まってきます。ワシントンDCに集まる日本人も例外ではありません。医師の資格を持ちながら政策を勉強する人、大学院をいくつも卒業した人、アメリカ議会スタッフとして働く人、世界銀行で発展途上国の開発経済に取り組む人、日本の大学に失望してアメリカで博士号をとる人・・。 重要なのは、これらの人達は「政策」をはじめからやろうと思っていた人達ではないことです。いろいろな仕事や経験の後、「政策」にたどり着いたと言えるでしょう。それらの人たちをネットワークで繋ぎ、活きた情報をこちらから発信できないかと考えたのがこの海外政策ネットワークです。日本人も日本の外では多様な人種なのだということや、またこれらの人材や多様性を日本が受け入れる社会にするにはどうしたらいいのかということも考える機会になればと考えています。 また、価値観の多様化ということは具体的にどういうことなのか、そういう社会の利点・不利な点について日本の方々に知ってほしい事など身近な問題から経済問題、国際関係論など幅広く情報発信してきたいと考えます。幼稚園から塾に通い、いい高校や大学に入って、いい会社に入ることが単一で全ての価値観ではない、ということを政策海外ネットワークの個人個人が体現していきたいと考えます。 日本人は「議論」することが苦手だと言います。それは遺伝子的に苦手なのではなく、そういう訓練をしてこなかったことや、単に方法を知らないだけだと考えます。日本の政界や財界からいらっしゃる多くの方がこのワシントンDCでフォーラムに参加されたりしてご自分の意見を披露されますが、「なぜそう考えるのか」という説明が大方欠けています。 それは、日本では一般に常識とされていることなのか、自明のことだから説明をしないのかわかりませんが、少なくともこちらの視点からは奇異に映ります。フォーラムが終わってから、隣に座っていたアメリカ人に「それってどういうことなの?」と聞かれるのは珍しいことではありません。こちらでは、 「私はこう考える」 と同時に「なぜそう考えるのか」ということを明確に発言します。 そういうルールをできるだけこちらでも注意して発信するようにしますし、日本人の国際コミュニケーションスキルをあげることができれば、それは日本が「Faceless」だという問題の解決につながると信じています。 なぜ政策なのでしょうか。「政策」は、人々のインセンティブを変え、社会的価値観や秩序に変化を起こすことを可能にするツールです。例えば、「日本人は貯蓄民族だ」という人がいますが、戦前の貯蓄率は10%にも満たなかったのです。政府の貯蓄奨励政策にある部分は影響されたといえるでしょう。効果的な政策を作るためには、過去の政策がどう決められ、何が施行され、いけなかったことは何かを検証し、将来の政策の教訓とすることが必要不可欠です。 しかし残念なことに日本は「政策研究」「政策分析」という、民主的統治の基本的道具としての「適切な政策」を形成する能力が極めて弱いといえます。そればかりか、分析するために必要な過去の政策に関連した情報も公開されていません。「政策分析」といわれる学際応用領域が立ち遅れており、その振興を担う人的資源としての政策アナリストが不足し、「政策リーダーシップ」に欠けています。 なぜなら、日本では唯一の政策機関としての官僚組織が「政策産業」を独占してきたため、またそれでなんとか解決できていたからです。現在あるシンクタンクも、営利企業の付帯事業としてバブル時代に作られたものが多いはずです。 官僚組織が実施してきた公共政策は、その他多くの選択肢の中の一つであって、それが唯一で正しい政策とはいいきれないものがあります。政府が「今までの政策は全て正しかった」という立場を取っているからです。日本が“西欧に追いつけ追い越せ”とした時代には、西欧の制度をお手本とすることであまり大きな間違いはせずに済んできました。しかし、ほとんどの部分で“西欧に追いついてしまった”日本には、冷戦が終わりグローバリゼーションが急激な勢いで進んでいる現在、お手本を探すことでは限界にきたということでしょう。 自分で考える力を育て、国が取りうる政策の選択肢を広げなければ、日本の死活問題に関わってくるという切実な危機感があります。政策海外ネットワークでは、海外から日本に向けて政策論争の必要性を示し、日本が激動する国際社会で生き残るために必要な知識の基盤を作り、多くの専門家の協力を必要とする複雑な地球規模の問題に取り組みます。 |