2006年1月8日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                 No.356 Extra Edition2
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼INDEX▼

       ■ From Kramer's Cafe in Washington DC Vol.37
    「ジャック・エイブラモフ事件」

  □ 村上博美 :ワシントンDC在住


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■ From Kramer's Cafe in Washington DC Vol.37
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「ジャック・エイブラモフ事件」

 新年早々ワシントンの政界を震撼させているのは、ジャック・エイブラモフ氏(4
6歳)である。最もワシントンで影響力のある大物ロビイストの一人であった彼は共
和党や保守系リーダーに知己が多く、特に下院の前院内総務トム・ディレイ議員はか
つてエイブラモフを「最も親愛なる友人」と形容した。どこまでスキャンダルが広が
るか政府高官や議員らが息を潜めて見守っている間に、続々と有力議員の名前が挙
がっている。昨年10月の院内総務ディレイ下院議員の衝撃的な逮捕を発端に、エイ
ブラモフ事件は今後共和党の中枢を揺るがす一大スキャンダルに発展する可能性があ
る。

 ディレイ議員の元報道官でエイブラモフのパートナーであったマイケル・スキャン
ロン(35歳)は既に議員と政府高官への収賄罪を認めている。1月2日、エイブラ
モフはカジノを運営するアメリカ先住民部族からの横領及び政府高官などへ収賄罪を
認め、3日にはフロリダ州でのカジノ関連詐欺についても認めた。フロリダ州の詐欺
事件では2001年にカジノのオーナーが殺害されエイブラモフのもう一人のパート
ナー、アダム・キーダンが関わったとも言われ、血なまぐさい様相も見せている。エ
イブラモフは共和党幹部との厚い人脈を利用してワシントンの黒幕として君臨してい
た。特に彼は特別地区で大規模なカジノを運営する先住民部族をクライアントに持ち、
その都度150万ドルや300万ドルという金を手にしたという。あるときには競合
する部族から一方にはカジノ再開の手助けをすると約束し、もう一方には自身のカジ
ノは保持するが他の部族にカジノを開かせないという相反する要望を同時に受け、大
量の資金を巻き上げていたという。また、スキャンロンのPR会社を仲介させ法外な
金を要求しエイブラモフに半分をキックバックさせていた。エイブラモフは司法取引
に応じて、刑が3分の1の10年程度に軽減される見返りに司法省に対し議会や政府
機関の汚職についての捜査に全面的に協力することに同意した。

 現在相当数の議員が検察からエイブラモフ氏との関係について取り調べを受けてお
り、先を争ってエイブラモフ関連の献金を手放している。ロビイストから献金を受け
ることは犯罪ではないが、それと引き換えに公的に便宜を図るという意図が証明され
れば収賄行為となる。ブッシュ大統領をはじめ下院議長のデニス・ハスタート議員の
6万ドル、モンタナ州のコンラッド・バーンズ上院議員などは既に15万ドルあまり
の献金を返金。ホワイトハウス報道官はブッシュ大統領とエイブラモフとの個人的関
係の否定に躍起だが、2000年の大統領選挙で政治資金を集めた有力ロビイストの
一人がエイブラモフであったことも知られている。現にその選挙の後、正式な閣僚が
決まるまでの間、暫定的に先住民集落地域のカジノの規制担当庁である内務省の人選
をエイブラモフに担当させた。また、エイブラモフが10万ドル以上集めたといわれ
る2004年の大統領選挙資金のうち、直接献金の6千ドルだけは慈善団体に寄付さ
れるようだ。市民団体は「ブッシュ大統領はエイブラモフから合計いくらもらったか
明らかにすべきだ」としているが、ホワイトハウス報道官は「それによって便宜を
図ったという事実はない」と拒否姿勢だ。

「ただもらった金を返せばいいというものではない」というのは民主議会選挙委員会
の委員長ラーム・エマニュエル共和党議員。エイブラモフの罪状認否によれば、献金
は個々の便宜を図ってもうらうために配ったのであり、具体的には特定の法案を葬り
去ったり連邦政府との個別契約を確保するためのものだった。それならば、金は返し
てもどういう便宜を図ったかという事実まで追求しなければおかしいだろうと指摘す
る。これまで例をみない規模の収賄スキャンダルを前に、捜査責任者のアリス・
フィッシャー司法長官補は「行政行為は売り物じゃないのよ」とし、国民の政府に対
する信頼を地に堕としたこのスキャンダルをどこまでも追求する構えだ。収賄罪で起
訴するには、検察官はエイブラモフからの接待がある特定の行為と引き換えであった
ことを議員が知っていたと証明する必要がある。中間選挙を秋に控え、収賄疑惑が報
道されただけで政治生命は終わると言われている中で、オハイオ州選出のネイ下院管
理委員長は司法省から取り調べを受けていることが露見し窮地に立たされている。ネ
イ議員はフロリダ州のカジノ問題の件で議会審議に便宜を図ったのではないかとされ
ており、その見返りにディレイ議員と同じようにスコットランドへのゴルフ旅行、フ
ロリダ州で開催されたスーパー・ボール観戦旅行、豪華レストランでの接待、そして
政治献金を受けたとされている。ネイ議員は「何も悪いことはしていない。私もエイ
ブラモフにだまされたんだ」と発言している。検察側も収賄罪を証明するのは容易で
はない。

 日本ではあまり聞きなれないこのロビイングとは、特定の利益を代表する団体・個
人が(主に投票行動によって)政府などによる立法・行政行為を、特定の利益に近づ
ける活動をいう。日本ではいわゆる業界団体による陳情や政治献金といったもので政
府の決定を業界寄りにしようという行為である。ロビイストが活躍する場はあらゆる
企業・産業や環境保護団体、医師会・弁護士会などから商工会議所まで幅広い。議員
らも特定の法案など専門知識は業界のロビイストにブリーフィングを受けたりするこ
とは珍しいことではない。そういったプロセスの中で法案自体にロビストの影響が入
るのは避けられない。ただそれが最近は金銭的な面で行き過ぎが目立っており、カー
ター政権で安全保障大統領補佐官を務めたブレジンスキー氏が2002年にワシント
ンは「世界で最も汚れた首都だ」と形容し「何が違法で何が不道徳か区別がつかない
文化を我々は創り上げてしまった」と嘆いたほどだ。

 1995年のロビイング開示法で定義されるロビイストは、少なくともその個人の
20%以上の時間を特定のクライアントのロビイング活動のために費し、複数の議員
やスタッフ、政府高官との接触があり、6ヶ月間で5千ドル以上の報酬を得ている者
で、政府への登録が義務付けられている。企業内ロビイストのケースも、6ヶ月間で
ロビイング経費が2万ドルを超える場合登録が必要だ。ワシントンDCのKストリー
トにロビイストが軒を連ねるためそう呼ばれるが、下院を共和党が制した11年前か
ら「Kストリート」は特に繁盛し始め、ここ数年は急激に羽振りがよくなった。例え
ば、統計によれば1998年のロビイング支出額は1億4千万ドルから2004年に
は2億1千ドルに伸びている。実際の数字はその5倍程度だと言われている。また過
去5年の間に、登録されたロビーストの数は倍に膨れ上がり現在3万5千件となって
いる。1998年以来、実に仕事を離れた議員の40%は議員時代に培った人脈を利
用してロビイング活動に従事しているという数字も出ている。時間給750ドルとい
うエイブラモフは特例としてもロビイストは儲かるという認識が定着しており、ワシ
ントン市内でも億単位の家に住み派手な生活を送っているロビイストは多い。議員の
天下り先としてはおいしい選択肢だったはずだ。

 ただ今後は、このスキャンダルをきっかけに議員とロビイストの接触を制限しよう
という動きや規制を強化しようという運動が広がっている。「Kストリート」も今後
の行方に恐々としており、ロビイング活動自体は違法でないにしてもビジネスには制
限がでてくることは自明だ。民主党の議員もエイブラモフと関与しているが大方は共
和党議員であり、収賄に手を染めているのは一部の議員であっても共和党の負ったダ
メージは大きい。ディレイ議員は7日、それまで意欲的だった院内総務の職に戻るこ
とを断念した。他の共和党議員にとっても汚職の象徴エイブラモフと関わりが深い
ディレイ議員が下院共和党の顔になるのは避けたいところだ。果たしてある共和党議
員が言うように新しい顔を選べば「我々(共和党)の強い倫理道徳観念を実現」でき
るのだろうか。その結果が出るであろう中間選挙まで、あまり時間は残されていない。

参考:Washington Post他



(C) 2006 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。