2006年4月26日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.372 Extra Edition2
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■ From Kramer's Cafe in Washington DC Vol.40
    「中国とインドと戦略的思考」

  □ 村上 博美 :ワシントンDC在住

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■ From Kramer's Cafe in Washington DC Vol.40
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「中国とインドと戦略的思考」


  すっかり緑がまぶしい初夏である。鮮やかにつつじが咲き乱れワシントンは一
番いい季節を迎えている。1年ぶりにフィリップス・コレクションの目玉であるルノ
アールの『舟遊びの昼食』が戻ってきた。Kramer's Cafeから見える電柱にまで「ル

ノアールが帰ってきた!」とうれしそうに旗がなびいている。昨年観にいったときに

は「現在日本に貸し出し中」といわれ、心待ちにしていた絵だ。

  先日のブッシュ大統領の電撃的なインドとの「原子力協定」実施条件の合意と
先週の中国の胡錦濤国家主席のアメリカ訪問で、ワシントン市内のセミナーはすっ

かりその話題で持ちきりだ。アメリカ本土に降り立ったときから米メディアは胡国家

主席の一挙一動を追った。この関心の高さは日本の首相が訪米するのとは比べも

のにならない。やはり実質世界を左右する2大国の首脳会談であること、アメリカの

ライバルに対する複雑な心境と戦略的関係が好奇心をそそるのだろう。戦略的思考

を必要とする国家間の関係について議論するのはわくわくする。このわくわく度が高

ければ高いほどワシントンの聴衆の関心を集める。ワシントンで日本が話題に上ら

ないのは、基地移転やBSE問題によって大きく2国間関係の性質が変わることはな

く、ダイナミズムに欠ける日米関係は一部の専門家しか興味を示さない。多くの聴

衆を集める米中関係とは対照的である。

  ただ、アメリカはアジアにおける影響力が低下することを心配している。東アジア
自由貿易構想にもアメリカを排除するのではと懸念を表明したり、インドとの合意も
中国の周辺国への影響力増大でアジアでの相対的影響力低下に対する対抗措置

だと見る専門家もいる。アメリカにとってアジアへの影響力行使という意味において

日本は重要であるが、もし他の方法で影響力が維持できるのであれば、日本の相

対的重要度は下がる。日本に戦略的思考があれば「どうしたらアメリカを日本につな

ぎとめておけるだろう」もしくは「日本にとってのヘッジとは何か」を考えるだろう。日

米同盟があるからといって、アメリカは常に日本のことを考えて行動しているわけで

はないのだ。現にパキスタンのムシャラフ大統領が「私もインドと同じものがほしい」
とブッシュ大統領に言ったように、米国議会でこの合意が承認されればパキスタンの
みならずアジアでの核兵器開発競争に火がつく可能性が高い。ただでさえ朝鮮半島

が核化している状態で、日本にしてみればアジアでの核兵器・軍拡競争は最も避け

たいところだ。

  あるセミナーの席で元米政府高官は「アジア諸国は米国には(遠慮して)はっきり
言わないが、明らかに米国から中国へシフト、つまりアジアでの米国の影響力が実

質的に衰退している。だからインドと米国との合意は『戦略的』なのだ。インドが選択
肢となることは米国にとってチャンスだ」と発言した。台頭する経済パワーとリンク
したアジアでの地政学的地殻変動に伴って昨年アメリカは向こう10年間の「新たな
米印防衛の枠組み」に合意し、インドの安全保障に深く関わることを約束した。これ
まで核兵器開発を表ざたにせず核不拡散条約にも参加を拒否したインドへの制裁
政策を大転換した背景には、近い将来に世界の主要なプレーヤーとなるインドと戦

略的関係を築きたいという考えがある。

  インドが核を持ちたい以上、アメリカが拒否してもインドが核を放棄することはあ
りえない。今回の合意の内容は、アメリカがインドに民生用核技術を供与する代
わりにインドは核兵器技術の輸出を控え核実験のモラトリアムを維持し、主に民生

用原子炉についてIAEAの査察を受け入れるというものだ。インドの台頭を国際社

会に平和的に取り込む方が枠組みの外へ置いておくより管理しやすい上、長期的

には民主主義国家であるインドを核不拡散体制にはめ込むことは利益となると判断

したようだ。予測不可能な要素が多い中国や北朝鮮やイランと違い「米国は正しい

決断をした。インドは核保有国になる資格がある」とインド人専門家は胸を張る。た

だし、今回の米印協約が実現したとしても核不拡散の実現としては不十分だ。中国

やロシア等の他の核保有国はIAEAの査察を受け入れていない上、現在の核不拡

散条約にはイスラエルや北朝鮮は参加していない。どうして他の5カ国は核保有を許

されてインドやパキスタンやイスラエルは核兵器を持っていけないのか、説得力のあ

る説明はまだ耳にしたことがない。

  インドとの原子力協定を中国国家主席の米国訪問の直前に行うことで、意図的
な中国への牽制と見る識者たちは「まだ冷戦的思考から脱しておらず、古臭い手

法だ」と結論を急いだブッシュ政権を批判している。冷戦的思考とはつまり、インドに

核兵器開発を止めさせるとアジアでは中国がアジアで最強の核保有国となってしま

う。それならインドにも核をもたせてバランスをとる方が米国の国益にあうという主張
だ。アメリカもインドに武器を売りたいという本音が見え隠れする。カーター元大統領
は「(この協約によって)アメリカは核拡散のパンドラの箱を開けてしまう」と懸念を
表明した。

  インドにとって中国とのライバル関係も見逃せない要素だ。シン首相はインタビュ
ーでインドの全ての原子炉を査察対象にはすべきでないとし「もちろん、世界が核

廃絶の方向へ向かうことは好ましいが、現状では我々には戦略核兵器が必要だ。

隣国の中国は既に核保有国であり西の国境のパキスタンはこっそり核兵器を開発

している」と述べた。また、中国とインドの軍拡競争も激しくなっている。中国は発展

途上国の中で最大の武器輸入国であり01年から04年の間に105億ドルの取引を行っ

た。その間インドは第2位に位置し80億ドル相当の武器を購入。2004年契約分で

はインドは単年度の武器購入が57億ドルをマークし中国を抜いた。また、インドは

フランスから潜水艦を6艦注文し契約額だけで35億ドルに上るという。現在インド

空軍は買い替え予定の126機の戦闘機を物色中とか。近年イスラエルがフランス

や英国などを抑えインドへの武器輸出で1位に踊り出た。過去3年毎年100億ドル

相当の契約を行っているようだ。

  中国やインドの台頭によってアメリカのパワーは相対的に低下している。イラク戦
争を戦いながらイランへの攻撃も視野に入れるという現在のブッシュ政権の財政状

況において、ドル暴落か何かのきっかけで世界経済の調整が起これば世界展開し

ている軍事力を大幅に縮小せざるを得ない。一方、アメリカが近隣諸国と仲良くしろ

と言っても耳を貸さず、少子化で人口減少し経済成長の鈍化が避けられない日本。

アメリカが見出す日本の価値(=経済力)にかげりが見えたら、これまでと同じように

アメリカは日本を守るインセンティブを維持するだろうか。米中貿易や両国経済の結

びつきの強さを考えれば、中国のGDPが日本を上回った時実質的な米中安保同盟

ができていてもおかしくない。つまり、将来アメリカは中国と日本を天秤にかけたとき

迷いなく日本を選ぶだろうか。今回の胡錦濤国家主席訪問でも対中貿易赤字が膨

らんでいるのにかつての対日バッシングのようなトーンはアメリカにはない。

  先日あるアメリカ人ジャーナリストが「日本と中国は仲が悪いように見せかけて実
は水面下ではがっちり協力体制ができており米国を欺いている」と言っていたが、胡

錦濤就任以来、相互訪問の日中首脳会談は一度も行われていない情況を考えると、

そのような陰謀説はどうやら真実味が薄いようだ。アメリカ人の学生から「日本はアジア
諸国から信望がない。世界広しといえど友人と呼べるのはアメリカくらいでは」と言わ

れたことがある。現在そのアメリカからイランのアザデガン石油から手を引けと圧力

が相当かかっているようだ。アメリカ政府の反対を押し切ってようやくここまでこぎつ

けただけに、どう対応するのか日本政府も正念場であろう。対応がいつも後手にま

わると言われる日本は目前の問題を解決するので精一杯だが、アジアでのパワー

バランスが変動しているのを横目に長期的且つ戦略的視点で自国の地政学的位置

について考えてみるチャンスを、みすみす逃すのはおしいような気がする。■


 


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