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米大統領選を読む 民主党予備選の混迷にマケイン候補の人気が上昇
『時事評論』 2008年4月7日号掲載 *この記事は外交知識普及会の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど外交知識普及会及び筆者の権利を侵害する一切の行為を禁止します。
オバマ対クリントン、誰がここまでの接戦を予想しただろうか。3月4日の予備選集中日のミニチューズデーをすぎてからは、民主党内にはこの長い混戦にうんざりした様子がうかがえる。「クリントンおろし」も始まった。共和党は民主党の内輪もめの間に着実に自陣営を固めてきている。民主党にはこのままでは、史上最低人気のブッシュ政権の後の政権奪還の絶好のチャンスをみすみす逃してしまうというあせりも見られる。 実際、戦後の大統領選挙を振り返ってみると、9勝6敗と共和党が民主党に勝ち越している。共和党が最後は党としてまとまるが、民主党は最後までまとまらないからだ。その理由の一つに、民主党予備選挙の構造上の問題があることがしばしば指摘される。共和党の各州の予備選挙はおおむね勝者総取りの仕組みだが、民主党の予備選の得票はほとんどの州で比例配分方式となっているからだ。 例えば共和党のマケイン候補は、指名を確定させた3月4日のテキサス、オハイオなど4州でのミニチューズーで、すべての州の代議員214人を獲得して、最後まで残ったライバル・ハッカビー候補は撤退を表明した。ハッカビーの代議員獲得数は0だった。 かたや民主党だが、ここで勝てなければ撤退という瀬戸際まで追い込まれたクリントン候補が4州で3勝を上げ、レースに踏みとどまった。しかし4勝3敗のクリントン候補も、代議員獲得数では、オバマの182人に対して188人と、わずか6人しか勝っていない。現時点でオバマ対クリントンの通算代議員獲得数は、1415人対1251人という状況で、おそらく最終戦の6月3日のモンタナ、サウスダコタの予備選が終了してもオバマ候補の優勢は変わらず、両候補とも指名獲得に必要な2024人は得られないまま、8月25日開始の民主党大会まで、指名が持ち越しになる可能性が十分にある。(数字はすべてRealClearPolitics.comによる。数字は各報道機関の推計でそれぞれ数字は違う。この曖昧さも民主党予備選の問題点の一つだ。) 共和党に本選で敗れる民主党のジンクス このような仕組みを民主党が変えない限り今後も問題は継続する。民主党は、1968年、1972年、1980年の大統領選挙で夏の党大会まで候補が決まらなかった。そしてすべての年でライバルの共和党候補に負けているのだ。 1968年の民主党予備選では、ジョンソン政権の副大統領だったハンフリー候補とライバル、ロバート・ケネディー候補の激戦だったが、ケネディー候補が予備選の最中に暗殺されることもあり、党大会まで指名が決まらなかった。シカゴでの党大会ではベトナム反戦グループが集結してデモを繰り広げたが、結局ベトナム戦争を激化させたジョンソン政権の副大統領のハンフリー候補が指名された。本選ではハンフリー候補は共和党のニクソン候補に敗れた。 4年後の1972年の予備選では、前回の指名獲得者ハンフリー候補とサウスダコタ州選出の反戦派のマクガバン候補が、予備選挙でほぼ互角の接線を繰り広げたが決着がつかず、党大会でマクガバン候補が指名を獲得した。マクガバン候補は上院議員として4年前に混乱を招いた民主党の予備選のルールを変える委員会の委員長をしていた。しかし新ルールが地域の政治リーダーの影響力を減らしたことに反感が募り、本選では共和党のニクソン候補の支持にまわる民主党員が多く、マクガバン陣営の資金集めも難航し、本選では共和党の現職ニクソン大統領が勝利した。 1980年にも民主党の現職のカーター大統領がエドワード・ケネディー上院議員と最後まで争い、党大会で指名を勝ち取ったものの、本選では共和党のレーガン氏に敗れた。党大会まで決着がつかない民主党候補は本選には勝てないというジンクスは存在する。 クリントン候補は、自らを映画「ロッキー」の主人公に例えて、ロッキーが途中で「もうここまでで十分だ」といって試合を捨てたら観衆は納得するかと語っているが、彼女自身への支援や期待も大きく、辞められない事情はその通りだろう。そうなると、客観的に勝負がつかない民主党の予備選の構造に対して、多くの民主党支持者が不満を募らす結果となっている。民主党の激戦がどのような結末となるのかはまさに「神のみぞ知る」状況である。 しかも、オバマ候補への熱烈な支持者の感情を考慮すると、仮にクリントン候補が選ばれるような状況になれば、かつての1968年、1972年、1980年のように共和党のマケイン勝利の可能性は十分にでてくる。 混戦の中で試されるオバマ候補の強さ 客観的にみて、クリントン候補よりもオバマ候補への支持の勢いは強い。若干46歳の黒人の新人上院議員が、元大統領夫人で上院議員でもある党のエスタブリッシュメントに、これまでも互角以上の戦いをしてきているのだ。オバマ人気の背景には、米国民の現状変化への渇望がある。各種世論調査でみれば、米国民の70%以上が、現在の米国は間違った方向に向かっていると感じている。おそらく、それは難航するイラク戦争であり、サブプライムローンをきっかけに先行きに不透明感が漂う経済である。 しかも、米国民の多くは、ブッシュ政権の行ったイラク戦争や単独行動主義などで、米国のリーダーシップや威信はおおいに傷つけられたと感じている。しかも、ブッシュの8年間で、米国は民主党支持のブルーステイトと共和党支持のレッドステイトに大きく乖離してしまった。共和党の一部ですら、その責任は保守的な政策を強く推進して自らの政治力にしたブッシュ大統領にあると考えている。だからこそ、オバマ候補の掲げる「変革」と「団結」というメッセージが強く人々に訴えるのである。 オバマ候補の著書「合衆国再生」の中で、上院議員としてワシントンに赴任したオバマ候補が、民主党と共和党の年配の上院議員の間に温かな友情が存在することに気がつき、ある年配の議員に質問するくだりがある。年配の議員は第二次世界大戦で一緒に戦った経験の共通体験のせいだと答える。しかし、オバマは単純に納得しない。彼は、北部のリベラルと南部の保守派を一つにまとめていたニューディール連合が、公民権運動で崩壊する事情や、ベトナム戦争の学生の異議申し立てなどの、米国政治の地殻変動に思いを馳せる。しかしオバマ候補は現在の米国政治の分裂が、単なる歴史上の産物とは思っていない。むしろ、過去の政治家が持っていた「信頼」と「連帯感」を現在の政治家が失ってしまったからではないか、と考えている。 オバマ候補のメッセージは口だけのものではない。ケニアからの移民の父とアメリカの白人の母からの子供という出自、ハーバード大学のロースクール卒業後、シカゴのスラム街でNGOとして働いた経験から、米国の人種問題を見つめてきた彼のリアルな視点から発せられている。そのことは、3―4月に膠着状態となったクリントン候補との接戦の中でも、着実に真価を発揮している。 3月中旬、オバマ候補にとって、これまでの予備選の中でも最大級の試練がやってきた。オバマ候補の結婚式の司祭を務めるなど、長年にわたり付き合いを持っていたジェレミア・ライト師の反白人の過激な説教が、テレビやネットで流され、問題視されたからだ。ライト師の説教は、白人を人種差別主義者と決めつけ、クリントン候補には黒人の気持ちがわからない、9.11テロは広島・長崎に原爆を落とした白人の当然の報い、黒人の間でエイズが感染しているのは白人に陰謀、等の独断に満ちた過激なものだった。 これはオバマ候補の主張の正統性を帳消しに戻しかねない危険なものだった。そもそも、オバマ候補が全米で支持を拡大してきたのは、人種や党派などの米国内の対立を乗り越え、「米国人は『団結』しなければならない」と訴えてきたメッセージに、白人も黒人も人種を超えて共鳴してきたからだ。 オバマ候補のこの問題に対する対処は見事なものだった。3月18日、彼は、米国社会における人種差別の克服がいかに重要であるか、という真摯な演説を行った。オバマ候補は、問題となっているライト師の反白人演説を批判しながらも、彼のような黒人の怒りは現実に根強く存在するもので、そのルーツを理解しない限り米国は人種間の誤解による亀裂を拡大するだけだと語った。そしてオバマ候補は、黒人と白人のハーフである自分の白人の祖母の黒人に対する態度などで自らが傷ついたことなどを例に挙げ、「すべての米国人が分断を超え『団結』を完結させるために私は立候補した」と新たに訴えた。 ビル・クリントン政権でエネルギー長官や国連大使を歴任したビル・リチャードソンが、この演説の直後、オバマへの支持を表明した。自身もヒスパニックというマイナリティーであるリチャードソンは、オバマの演説について「オバマ候補は人種問題という難しい問題から逃げなかった。口あたりのいい真実の半分でごまかしたりもしなかった。むしろ、(人種差別という)恐ろしい存在を思い出させ、責任を持って取り組むべきことだと、我々を鼓舞してくれた」と語っている。彼は、クリントン夫妻と近い関係にあり、「自らのクリントン夫妻への敬意は変わらない」と断りながらも、米国は新世代の指導者が率いるべきだと話している。 ビル・リチャードソン以外にも、3月になってからオバマ支援を表明した民主党関係者は多い。4月22日に予備選を控えるペンシルバニア州選出のケーシー上院議員、バージニア州から6期選出され、司法委員長を務め影響力のあるパトリック・ヘーヒー上院議員達だ。実際、ペンシルバニア州では、依然は15%ほどの優位に立っていたクリントン候補は、オバマ候補に差をつめられ、3月末から4月初めの最新の世論調査では、その差は各所世論調査の平均(RealClearPolitics.comによる)で6.6%になってきている。ペンシルバニアの予備選はオバマ候補にとって、民主党の悪夢のジンクスを自ら打ち破る大きな機会となるかもしれない。 支持率急上昇の共和党マケイン候補の人気の理由 これまで民主党のオバマ、クリントンの激戦の影にかくれて目だたなかったが、早々と指名を決めた共和党のマケイン候補の人気が上昇し、全米の各種世論調査の平均でクリントン対マケインで44.6%対44.6%、およびオバマ対マケインが46.8%対44.4%という互角の戦いとなってきている。(数字は3月24日から4月5日までのRealClearPolitics.comによる各種世論調査の平均) マケイン候補も実に魅力的で、かつ異色の大統領候補である。マケイン候補は共和党の中では「一匹狼」という存在で、むしろ共和党の保守派からは、決して好かれていない。25年に渡る長い上院議員のキャリアの中でも、政策通で自らの強い信念から、多くの共和党保守派の反感を買うような法律を、民主党議員と協力して超党派で成立させてきた。例えば、民主党のファインゴールド上院議員と厳しい選挙資金規制を導入し、民主党のリーバーマン上院議員と組んで地球温暖化防止のための法案を提出し、ケネディー上院議員と組んで移民の受け入れに優しい法律を成立させてきている。これらの動きで、無党派層には人気があるが、共和党の保守派からは嫌われる行為以外の何者でもない。 しかし、ワシントンでは誰もマケインを面と向かって罵倒することはできない。むしろ個人的には多くの尊敬を受けている。それは彼のベトナム戦争での英雄行為にある。職業軍人として海軍のパイロットだったマケイン候補は、ベトナム戦争従軍中に撃墜され、拷問や虐待が横行するハノイの捕虜収容所に収容された。彼の父親が太平洋軍の司令官となったために、北ベトナム軍の思惑で早期に帰国する機会が訪れる。しかしマケインは、「公正なルールにこだわり、この取引を断り収容所に残った。心身ともぼろぼろになり松葉杖で帰国したマケインは、その公正な態度が全米の知るところとなり、一躍全米の英雄となった。 2000年の共和党予備選挙で指名をブッシュ候補と争ったマケイン候補は、このマケイン候補に対して激しいネガティブキャンペーンを繰り広げ「彼は長い捕虜生活で頭がおかしくなっている」という発言をして物議をかもし出した。マケインは後にブッシュ大統領と和解した際にこの発言に本当に傷ついたと発言している。 マケイン候補は今年予備選が始まるまでは、決して期待された候補ではなかった。なによりも、72歳という高齢と共和党での孤立により、他の候補、ジュリアーニ前ニューヨーク市長やロムニー前マサチューセッツ州知事などに期待が集まった。なによりマケイン候補への期待が小さかった理由は、イラクでの治安維持が難航し、ブッシュ政権に米国民が米軍の一刻も早い撤退を望んでいた状況下で、彼は現実的な治安改善のためにイラクへの米軍の増派を唯一主張していたからだ。 実際にはブッシュ政権が2007年はじめに国民に不人気な3万人の兵の増派を行ったが、この増派によりイラクの治安に改善がみられるようになったため、マケイン候補の先見性が評価される結果となった。マケイン陣営も、民主党候補や他の共和党候補と比較しても自らの「ぶれない」姿勢を多いにアピールして予備選を勝ち抜き、共和党の指名を獲得した。 現在、マケイン候補のイラクへの現実的な姿勢は、即時撤退を主張している民主党候補との大きな違いだ。現在、民主党の二人の候補が泥仕合を演じていることもあり、ここにきて、マケイン候補の支持が、民主党候補二人に対しても互角の支持と差をつめている。このマケインの勢い拡大に民主党側に危機感が生まれているのは上記のとおりだ。マケインにとって、不安材料としては、高齢、皮膚ガンを患った健康不安、未だに宗教右派の心を掴んでいないことが上げられている。
今後のイラクでの治安悪化も懸念材料とも指摘されている。しかし今後イラク状況が悪化しても、必ずしもマケイン不利とはいえない。米国の友人の一人は、「米国人は敗北主義者が嫌いだ。イラクの状況が難航しても、むしろそれゆえにマケインの積極姿勢が選挙では人気を集める可能性も考えておいたほうがいい」と語る。逆に、民主党候補の二人は、イラクからの撤退を政策として主張しているが、今後、政策遂行の現実性という点で、マケイン候補との議論で必ずしも優位に立てる保障はない。米国の大統領選挙、まだまだ行方は見えてきそうにない。■
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