「世界的高齢化の第二波」の震源地中国

―老いる前に先進国の仲間入りを果たせるか

 

三井物産戦略研究所・機関紙『THE WORLD COMPASS』2006年2月号掲載

本稿は、著者の個人見解によるもので、所属団体 の見解を反映するものではありません。上記機関紙からの転載に際しては、三井物産戦略研究所の了解を得ています。無断で転載、送信するなど三井物産戦略研究所及び著者の権利を侵害する一切の行為を禁止します。

中嶋圭介 CSIS戦略国際問題研究所・世界高齢化研究部・研究員
 

【1.はじめに】
  人口高齢化は、アフリカや中東地域の一部を除けば、今や世界的なトレンドである。先進諸国におけるベビー・ブーマー世代の大量退職の問題は既に語り尽くされているが、2020年代後半から、東アジア、旧東欧、ラテンアメリカ諸国で次々と人口高齢化が急加速し、言うならば「世界的高齢化の第二波」の到来が予想されることは、まだ広く知られていない。中でもその最も深刻な震源地になると考えられるお隣り中国は、確実に迫ってくる高齢化の津波への準備が全く整っていない。グローバル経済で相互依存が強まる中、中国がいかにこの波を乗り切れるかに、日本はもちろん、世界の多くの国の行く末が懸かっている。

【2.中国の高齢化の特徴】
  今日の中国人口はまだ若く、高齢者の割合は11%にすぎない(注1)。 これは、日本の1970年当時の水準に等しい。しかし、今後は、日本の過去35年間の高齢化をしのぐペースで推移し、2035年までに米国を追い抜き、2040年には28%に達すると推計されている。絶対数でみると、今日の中国人高齢者数1.4億人は、2020年に2.4億人に達し、さらに2040年までに4億人を突破すると見込まれいる。今日の日本と米国の総人口の和が4.3億人であることを考えれば、とてつもない規模の高齢者大国が誕生すると言えよう。

  このように、今後中国の高齢化が急加速するのには、二つの要因がある。一つは、著しい寿命の延長である。第二次大戦直後の中国人の平均寿命は40歳にも満たなかったが、今日、72歳にまで達している。中国には、多くの先進諸国で見られるようなベビーブーマー世代は存在しないが、1950〜60年代に、6〜7人の子供を産むのがあたり前であった時代に生まれた世代が、こうした寿命延長の恩恵を得て、今後大量に退職生活に入るのだ。

  そしてもう一つの要因は、1970年代末に導入された有名な「一人っ子政策」の影響による出生率の低下である。開始からわずか10年で、中国人女性が生涯に生む子供の数(合計特殊出生率)は、6人から3人以下に半減し、最新のデータでは、1.7〜1.8人まで減少しているとみられる。これによって、当初の人口増加抑制の目的は見事果たされた。しかし、劇薬に副作用はつきもので、男児を働き手や跡取りとして好む社会であるために、女胎児の大量中絶や、無戸籍のまま隠子として育てられる女児が続出するなどの弊害をもたらした。この結果、一人っ子政策世代の性比率は異常に男性に偏っており、嫁不足問題が深刻化しつつある。さらに今後、高齢者の介護が息子の嫁に期待される中国社会において、義娘不足が新たな社会問題となるであろう。

【3.中国の高齢化問題】
  改革開放以来の中国は、こうした厳格な、ある意味残酷な人口政策を推し進めながら、より自由主義的な経済へ移行する難業を、経済発展を国家的優先にすることで成し遂げてしまった。しかし、この過程で中国のリーダーたちが気づいていなかったのは、人口政策の効き目があまりにも強過ぎたこと、そして、社会政策的な配慮を欠いた30年間の全速力走行によって、自らに時限爆弾をセットしてしまったことである。

  まず第一に問題なのは、中国が、成熟した経済がやがて高齢社会に到達するという従来の人口高齢化のパターンを、破ってしまったことである。日本や欧米諸国では、経済発展と社会生活環境の変化が相互作用する中で、結果として高齢化が生じてきた。二桁経済成長を続けてきたとは言っても、現在の中国の購買平価でみた個人所得は、人口構造がうり二つの1970年当時の日本の約3分の1しかない。つまり、生活水準的にはまだまだ途上国の仲間であるにもかかわらず、人口構造だけが、先に先進国の仲間入りを果たそうとしているのである。これによって言えることは、中国が4億人以上もの高齢者を抱えたとき、社会としてこれを養う蓄えを全く欠いている可能性が高いということである。

  そして、最大の懸念として中国の将来像を曇らせているのが、今日の労働者、すなわち「第二波」の到来時に退職する世代の間で、極端に低い年金や医療のカバー率である。戦略国際問題研究所(CSIS)の報告によれば、公的年金制度に加入しているのは、都市部の労働者の約半数。中国全土の労働者でみれば3割に満たない(注2)。 こうした状況を招いている理由は、主に二つある。一つは、中国では建国当初から、農業従事者は、耕地から得られる作物や大家族のインフォーマルなサポートによって老後の生活は保障されているとの考えが強く、ごく最近まで、農村に制度を広げようといった議論すらされてこなかったことである。

  もう一つの理由は、国有企業や政府の従業員をカバーしてきた社会保障制度の疲弊である。建国後まもなく整備されたこの制度は、無料医療サービスを提供し、生涯平均給料の8〜10割もの老齢年金を保障してきた。しかし、文化大革命の混乱で運営体制が崩壊し、退職保障は、実質的に各生産単位の責任とされるようになった。自由化が始まって国有各企業にも経営責任が課されるようになると、採算度外視の手厚い保障は重荷となり、医療サービスの廃止や年金未払いが相次いだ。これを見かねた中央政府は、90年代半ばから、野心的な公的年金改革に着手したが、大規模リストラが続く国有セクターの年金財政は悪化する一方であった。この打開策として考えられたのが、労働者の年齢構造が若く、経済成長の牽引車となった民間セクターを、この制度の下に取り込むことであった。しかし、長らくイデオロギーの問題から、政府に二流人民扱いされてきた民間労働者の多くは、制度加入のベネフィットに懐疑的な上、財政崩壊目前の制度への巻き添えを嫌って加入を拒否し続けているのである。術を欠いた中央政府は、財政支出による補填によって、何とか制度を維持しているのが現状である。

  公的制度が危ういのであれば、個人貯蓄はどうか。一橋大学の高山教授によれば、平均個人所得が農村部の3倍以上ある都市部でさえ、1年以上の消費を賄う貯蓄をもつのは、高齢者家計の約20%にすぎない。(注3) さらに、50歳代半ばでの退職が一般的な中国では、高齢者の継続雇用も今のところ有力なオプションではない。結局、頼みの綱は、同居家族のサポートということになる。しかし、ここにも大きな問題がある。近代化や都市化によって伝統的大家族の崩壊が急速に進んでいる上、一人っ子政策のもとで生まれた現役世代夫婦の多くは、お互いが一人っ子であるために、4人の両親を養う重荷を背負っているのである。こうして八方を塞がれた中国は、目前には社会保障財政の崩壊リスク、そして中長期的には、貧困に喘ぐ億単位の高齢者による経済社会の不安定、最悪の場合、共産党リーダシップの正当性喪失から政治的混沌へと陥るリスクすら抱えている。

【4.今後の見通しと課題】
  悪いニュースばかりではない。今後約10数年間、中国は、多産多死から少産少死に転換する過程で子どもも高齢者も少ない、いわゆる「人口学的ボーナス」の時代の只中にいる。労働力人口は、2015年に中国史上最大の9.2億人を記録するまで、年平均300万人ずつ増加すると予想される。社会的に扶養負担の少ないこの時期に、溢れるマンパワーを活かして生活水準をどこまで押し上げることができるのか、その間に、社会保障制度を再構築できるのか、中国が、「第二波」を乗り切れるかどうかの生命線がここにある。


-------------------------------------
注1) 特に明記が無い場合、引用した人口データは、国際連合人口部『世界の将来人口推計』(2004年改訂版・一定出生率シナリオ)による。「高齢者」は、国際的な慣例で65歳以上とされるが、50歳代半ばでの早期退職が一般的な中国の現状を考慮して、本稿においては、60歳以上と定義する。

注2) Richard Jackson and Neil Howe, The Graying of the Middle Kingdom: The Demographic and Economics of Retirement Policy in China (CSIS and Prudential Foundation; 2004).

注3) Noriyuki Takayama, “Pension Reform of PRC: Incentives, Governance and Policy Options,” Paper presented at the ADB Institute’s 5th Anniversary Conference (Tokyo; December 5-6, 2002).
-------------------------------------


 

© 2006 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載・部分転載を禁じます