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「経済構造の二極化が本格化する米国」 経済界 2006年2月7日号 酒井吉廣 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員 いまだ景気の足を引っ張るハリケーン被害 米国の景気および経済構造の二極分化が本格化するような気配が見えてきた。 ドットコム・バブルの崩壊、9・11テロ、エンロン事件、アフガニスタン侵攻やイラク戦争など、ブッシュ政権は、一大統領の任期中としては過去に類を見ない多くのイベントを経験してきた一方、大幅な減税と自己責任原則の徹底による個人貯蓄(投資を含めた将来への備え)の増加を促すなど、努力が報われる社会の実現に向けて、着実に政策を遂行してきた。そして、二〇〇四年の大統領選挙の頃には深刻化の懸念が強まった景気の停滞も、二〇〇五年になって回復基調から巡航速度に戻り、新年を迎えるところまで辿り着いた。内外の悲観論者からは引き続き様々な批判等が聞かれているが、マクロデータを見る限り、米国は国内では順調な景気状況に戻っている。このため、ニューヨーク等の都会の雰囲気も従来以上に快活で明るい。 しかし、そんな米国の明るい側面の裏では、ハリケーン・カタリナ等の影響で被災した人々、就職をあきらめる人々など、これまでの米国では忘れ去られるほど減少していた弱者が再び増え始めている。そして、こうした弱者の増加は、米国経済を再び二重構造に戻そうとしているような気配にある。 二〇〇三年に6.0%まで上昇した失業率は、二〇〇五年には5.1%、同年末には4.9%まで低下した。非農業部門雇用者数も、ハリケーン被害の影響が出るまでの一年間で月平均18.9万人の増加となった後、被害の影響が薄れた11、12月の平均が20.7万人の増加まで回復するなど、表面的には、先進国の景気をリードするGDP成長率と並んで、米国経済の力強さを誇示する形となっている。単位時間当たりの賃金も上昇を続けてきており、マクロ的にみれば、「これ以上のレベルになればインフレへの警戒水域に入る」という状況だ。こうした中で、FRBも昨年末までに短期金利を1年半にわたって上げ続けてきたが、前回(12月13日)のFOMCでも、インフレ圧力への警戒を持続している。 ところが、ハリケーン被害で発生した110万人余の被災者のうち40万人強は未だ自宅に戻れず、彼らの失業率は3割を超える。一方、自宅に戻った人達も、失業率は1割を上回る水準にあり、もともと失業の多かったミシシッピー州とルイジアナ州一帯の経済が簡単には復活できそうにない状況に陥った現実を物語っている。彼らへの政府援助は、日本政府の被災者支援と異なって、非常に少ない。しかも、ハリケーンの多くはカタリナほどの規模ではないため報道の対象とはなっていないものの、米国の東西両地域で結構な被害を与えてきており、この影響もあって小売業を中心とした非製造業の雇用増加ペースが、クリスマス商戦等で季節性が出る冬季になっても鈍い。また、二〇〇六会計年度も前年を上回る国防予算で潤っている西海岸を中心とした国防産業の町とは対照的に、民生部門の代表選手であったGMが倒産の危機に瀕している中で、五大湖周辺地域の失業も増えている。なお、失業保険給付期間別に見た失業者数も、給付期間延長を受けている層が、ここ数年高水準を続けたままだ。 地域、産業、年代間で拡大する「弱者」 ITバブル長者の出現で勝ち組と負け組を意識的に区別し始めた日本とは異なって、米国の場合、勝者をピックアップしようとする風土はないものの、その一方で社会的弱者(=多くの場合、経済的弱者)を区別する癖がある。勿論、それは制度的なものでも、表立ったものでもない。しかし、米国で生活する場合、お金がないことのデメリットは様々なところで存在する。このため、米国では、貧困から抜け出ようとするパワーが強く、就業に奮闘努力する者は非常に多い。ニューヨークが好景気を謳歌する影で、低賃金で違法に過酷な労働を受け入れながら働く低所得層が耐えないのはそのためで、これまでは、それを将来のアメリカン・ドリームのための過程として、米国経済の強さの源泉と考えることができた。過去において、こうした状況から巨万の富を得る人材を輩出してきたのも事実である。 ところが、今年、五年ぶりの年間失業率4%台を目指す米国の実情をみると、就労意欲のある人達の諦めによって非労働力人口が増加している(前月比+28万人)のは不気味である。この就業意欲があるものの就労を諦めた人数を失業者と見なして計算すると、米国の失業率は0.1〜0.2%上振れする。更に、GMを中心として、「古き良きアメリカ」の企業として日本並みの福利厚生を提供していた企業の破綻、停滞は、米国でも増加している高齢者層の生活を蝕んでいる。米国における弱者の拡大は、地域的、産業的な偏りだけでなく、世代的には「高齢者」に偏りつつも、全国的に静かに進んでいる様子なのだ。 民主党は、イラク戦争の失敗や被災者への対応の失敗を中心として、昨年末から本格的なブッシュ政権批判を始めたが、その背景には、経済構造上の弱者の増加も影響している。南北戦争や民族間の混乱を経て奴隷制度の撤廃に成功し、弱者には厳しいと思われた自己責任原則等で社会の底上げに成功してきた歴史を持つ米国が、今、国内外の環境の変化や、やや行過ぎたとも思われる政策の影響等によって、新たに国内に憂いを抱えつつあるのだ。 レーガン大統領の登場以来、四半世紀にわたる「小さな政府」と自助努力を意識した政府運営が、経済構造の二極化の芽生えとともに、転換点を迎えようとしているのだ。
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