|
「中産階級は本当に崩壊したのか」 『経済界』2007年5月8日号掲載 酒井吉廣 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員 ブッシュ政権の金持ち重視政策が裏目に出た?
米国の中流階級が崩壊している。これは、大統領選挙戦が始まっている現在、民主党がブッシュ共和党政権の経済政策を批判する際の一つの重要なメッセージとして、新聞などメディアが取り上げる最近のテーマである。この話題は、日本においても書物などで取り上げられており、弱肉強食の米国流資本主義を批判する際に利用されることが少なくない。しかし、各種アンケートを総合してみると、このような批判が米国人の生活意識とは必ずしも一致しないことがわかる。
日本人のライフスタイルが85年のプラザ合意以降の二十年間で円高や輸入の拡大等を理由として大きく変わった間に、米国人の生活水準は大幅に向上した。もともと、米国は借金で消費を行う余暇先取型経済であるが、この経済構造は、レーガン政権時代の減税政策からクリントン時代のニューエコノミーの時までに、ビジネスで成功した普通の米国人を多く作り出して景気拡大に貢献させたが、その後も米国全体の景気を支える原動力となっている。
現在のブッシュ政権は、こうした努力する人に報いる政策を基本として米国民全体の生活水準の底上げを行おうとした。しかし、直接的に中流階級以上に働きかける政策は、貧困層切捨てという批判に繋がった。
特に、ブッシュ大統領の政策がビジネスや投資で成功した中流階級とそれ以外の二分化を促進したため、中流階級を壊したということを含めて、米国のマジョリティをあたかも無視したような評価に繋がったのである。これを裏付けるような調査結果が、米国民の八割程度が現在の生活に不安を感じていないものの、現在のライフスタイルを維持するのに必要な資金を稼げていないと感じている人の割合が53%を占めたとするものである。
ここで注意すべきは、現在の生活に必要な資金に困ることを不安に思う人は一割程度しかいないにも拘らず、現在の生活水準を維持することを前提とした場合には過半となる点である。表現の仕方による誤解は、特に違う言語間で翻訳する場合などに起きやすい問題であるが、ここで取り上げている例は、一言で説明すれば、「贅沢な生活を続けるための収入を維持することと、普通の生活を続けるための収入を維持することの意味の違い」が誤解のままに広まってしまったように感じられる。
誤解だと感じる理由を挙げていくと、例えばギャロップ社の調査では、これから一年間に職を失うとの不安を感じていない人の割合が、98年の87%から06年の89%まで僅かながら増えている。また、現在の仕事に満足している人の割合も、89年の45%から05年には52%に上昇している。また、LAタイムズ紙の調査では、個人の資金繰りに不安がないと感じている人の割合は、93年の57%から06年の71%まで上昇している。
客観的な情報と冷静な分析が何よりも重要
そして、先述の現在の生活水準を維持するために必要な資金を稼げているかというUSAトゥデイ紙の調査を詳しく見てみると、確かにイエスと回答した人の割合は46%に過ぎないが、それでも92年の39%よりは上昇している。つまり、贅沢をしていてもその生活水準を維持できると感じる人の割合は半数には達していないが増えているのである。こうしたアンケートは回答結果の使い方に注意を要するのだ。
因みに、04年の大統領選挙で争点の一つとなった米国企業の海外進出と業務の低賃金国へのアウトソーシングについて、88%の人は自分の仕事が奪われるという不安に結び付けていない。また、ある大学の調査では米国人の三分の一以上が定年後は消費を現在より控えめにしないと生活を維持できなくなる可能性があると考えている。しかし、これらは調査結果だけよりも、更なる分析が必要である。例えば、回答者の多くにとって業務のアウトソースを理由に解雇されるかどうかを予測することは容易ではない。なぜならば、日本と同じでグローバル展開している企業に勤める人の割合自体が決して多くないからである。
恐らく、現実に問題が発生している都市やその周辺であれば、回答内容が異なるであろう。定年後の生活水準についても、現在の生活水準が高ければ高いほど同程度の生活を維持するためのお金に対する不安感は高まる筈である。従って、回答結果をそれだけで使うことは要注意なのである。実際、これらの調査結果には、別の分析などもあり、かなり違う見方も存在しているのが事実である。
米国で生活をしていて中流階級が崩壊したと感じる事例は決して多くはない。むしろ、共和党が中間選挙には負けたものの選挙基盤を維持していることからすると、地方の中流階級は生き残っている。もし、そうでなければ、中間選挙の結果は共和党がもっとボロ負けしていた筈である。なぜならば、中西部や南部など地方の中流階級の多くは基本的に保守的でどちらかと言えば共和党寄りだからである。また、都市部の場合は、二分化していると言っても、新たに中流層に加わっている人数まで含めれば決して減ってはいないだろう。我々は、もう少し、米国の事実を冷静に見た情報を手にしたいものである。■
|