「マクロ経済が意外と落ちない理由」

『経済界』20071218日号掲載分を一部修正

酒井吉廣 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員

 

サブプライムの影響は地域的にどんな違いか


 ニューヨークで働く日本人が多く住む地域の一つにスカースデールがある。ここは、全米でも有数の進学校であるスカースデール高校(公立)があるため、教育熱心な親が競って住もうとする地域だ。米国では住む街によって人種の偏りがあるという特徴が少なくないが、スカースデールの場合は、ユダヤ人やイタリア系アメリカ人などが多く住んでいる。教育レベルの高い地域は安全性も高いという相関関係はこの地域にも当て嵌まり、また住宅に対する需要も全米では高い方にランクされ、不動産価格は今回のサブプライム問題の最中でも全体として横這いとなっているようだ。また、教育などの社会事業に熱心だということはその資金も多くかかることから税金が高いものの、この街の住人はある程度以上のお金持ちである場合が多いためか、税金が他の地域に対して高いことは問題というよりも、むしろ自慢になっている。日本で米国の抱える問題などとして話題になる、学校教育問題、税金問題、社会問題の殆どがこの街には無縁といっても過言ではない。なお、スカースデール高校の存在やその教育システムなどについては、弊誌でも武村健一氏が取り上げたことがある。


 一方、この隣町にホワイトプレーンズがある。高校の全米ランキングはスカースデールと比べると大きく見劣りするほか、車でスカースデールからホワイトプレーンズに入ると両者の境界にすぐ気付くほど街並みに違いがある。街路樹の管理の行き届き方、道路のメンテナンス度、家やビルの景観など、誰の目にもスカースデールの方が綺麗な街という印象を与えるだろう。ホワイトプレーンズは、企業や商業店舗も多く存在し、現在は中心地でリッツカールトンホテルが建設中であるなど街のリノベーションが進んでおり、全体として職住接近の街として発展していこうとしている。ここにはGEの本社もあれば、日立のオフィスもある。PEファンドも多くオフィスを構えている。しかし、経済の現場に近いだけに住人の所得水準にもばらつきがあり、その結果として、サブプライム問題の影響もスカースデールと比べて大きく出ている模様で、不動産価格も下がっている物件が多い印象がある。


 今回の話題は、サブプライム問題の地域的な影響の違いとその背景について探ると同時に、マクロ経済指標が意外と強いことの理由を考えることにある。


 サブプライム問題がどれほど各地域に影響を与えているかを精緻にデータでチェックしていくことは不可能であるが、ある程度のサンプルとその地域の特徴を掴んでいくと、大まかには把握することが出来る。ここに掲げた二つの街の事例はその特徴を示している。影響度の違いは、サブプライムの住宅ローンを借りる人の割合の違いに影響されるわけだが、それは住人の所得水準と生活意識に影響されていると言っても過言ではない。例えば、スカースデールの場合、街は家族とともに生活するためというのを基本目的としているため街の安全を含めた全体的な安定志向、育児・教育という観点での保守的志向が強い。

生活水準を落とすような変化は起きていない


 逆を言えば、このような生活を送れる人々はサブプライムでお金を借りることは少ないため、影響も小さいということになる。米国にはスカースデールのような状況の街が多く存在するが、このような街の特徴は何年経っても街の景観があまり変わらない、ということである。自分達の生活に必要のない変化を与えるような大型商業施設などの建設には住人が反対するケースも散見される。子供の身体面での成長に影響があるとして、ファーストフードの出展を規制するところまである。


 一方、ホワイトプレーンズのように企業や商業施設を抱えて職住接近的な雰囲気もある街は、どうしてもマクロ経済の動向に街自体が影響され易いという特徴を持つ。サブプライム問題の影響も出やすくなる。因みに、サブプライム問題の影響が大きく出ているのは、それまでの不動産価格の上昇率も高かった地域であり、景気変動への感応度が高いということも出来る。しかし、彼らはもともとサブプライムで背伸びして家を買おうというぐらいだから、消費性向はそう簡単に下がらない特徴もあるように感じられる。実際、ホワイトプレーンズにある商業施設の人の入りが以前と比べて悪くなっている印象はない。


 これまでのところ、どちらの街に住む人々も消費行動などにおいて生活水準を落とすような変化をする気配にないところに、米国のマクロ経済指標が意外と落ち込まない理由がある。そもそもある程度のお金があって生活設計をしている人は、足許の景気には影響されずに必要な消費を続ける一方、背伸びをしたい人達は、自分が家を売るような状況に陥らない限り積極的な生活態度を取り続ける。その意味で、サブプライム問題によって家を売る人は増えているものの、まだ全体としての影響度はブラックマンデーの時ほど深刻ではないということである。金融技術の発達は、個人の資金繰りをし易くしたが、その効果で昔なら消費を控えるしかない人々も現状維持を出来ているのである。


 従って、金融市場で起こっている米国不信任のような動きを米国政府やFRBが解消することが出来れば、実体経済がこれ以上悪くなることはないと考えることは十分可能なのである。■


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